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『TELL ME ~hideと見た景色~』を観る前に知っておきたい…伝説のアーティスト、hideと彼の遺した音楽のこと

MOVIE WALKER PRESS

『TELL ME ~hideと見た景色~』を観る前に知っておきたい…伝説のアーティスト、hideと彼の遺した音楽のこと

X JAPANのギタリストのHIDEとして、ソロアーティストhide(hide with Spread Beaver/zilch)として、日本の音楽シーンを縦横無尽に賑わせていたロックスターが、1998年5月2日に急逝した。あれから24年。ド派手なヘアメイクとファッションで彼が生みだし牽引した“ヴィジュアル系”は、一つの音楽シーンとして確立され海外でも認知されたし、彼が目指した“サイボーグロック”(生音と機械の融合)は、いまや音楽シーンの主流と言える。この世界をhideが見たらなんと言うだろうか。「思ったとおりの未来だ」と、ほくそ笑むだろうか。永眠から24年経った現在でも、確かに彼の息吹をそこここに感じ取ることができるのだ。時代の一歩先を見据えてクリエイトしてきた彼の音楽は、いまだ色褪せることがない。だからこそ、知りたいことがたくさんある。彼との別れはあまりに突然すぎた。
■華麗なギタープレイと奇抜なヴィジュアル、誠実な人柄でファンに愛される

hideのパーソナルマネージャーであり、実弟である松本裕士の著書「兄弟 追憶のhide」(講談社文庫刊)をもとにした劇映画『TELL ME ~hideと見た景色~』が、7月8日(金)に公開される。主人公の裕士役を今作で映画初主演となる今井翼、hideの共同プロデューサーであるI.N.A.役を塚本高史、そしてhide役をロックヴォーカリストでギタリストのJUON(FUZZY CONTROL)が演じる。実弟だからこそ知る子ども時代のエピソードや、パーソナルマネージャーだからこそ知る表舞台の裏側をリアルに描く今作は、劇映画でありながらドキュメンタリーでもあると言える。決してファンに見せなかったhideの素の姿を、今作を通して垣間見ることができるのだ。

劇中では実際にhideが使用していた愛車が登場し、1998年にhide with Spread Beaverが開催したライブを再現したシーンでは、当時実際に演奏されたhide本人のヴォーカルが入ったライブ音源も使用されている。そこでhideのソロ活動について振り返っておこう。

中学時代にKISSと出会い、ロックに目覚めたhideは、1989年にXのギタリストHIDEとしてメジャーデビュー。華麗なギタープレイと奇抜なヴィジュアルでたちまち観る者を魅了した。その後、Xは1992年にX JAPANへと改名。バンドが大きな変換期を迎えるなか、X JAPANの楽曲制作に参加していたI.N.A.と共にソロワークをスタートさせた。1993年8月に「EYES LOVE YOU」と「50% & 50%」の2枚のシングルを同時リリースし、ソロデビューを果たす。以降、自身のルーツを礎にしたロックンロールと、I.N.A.とのコラボレーションによって得たエレクトリックなアプローチで独自の世界観を創りあげ、「DICE」(94)や「TELL ME」(94)、「Beauty & Stupid」(96)などのヒットチューンを生みだした。なかでもとりわけポップで、包み込むような温もりを湛えた「MISERY」(96)は、難病の少女との交流によって生まれたナンバーと言われている。当時、まだ認知度の低かった日本骨髄バンクにhideが登録したことが知られているが、この時に大々的に行なわれた記者会見は本人の本意ではなかったということが「兄弟 追憶のhide」のなかでも記されている。hideの誠実な人柄を知るエピソードの一つだ。


■X JAPANの解散で失意の中にいるファンに向けた、hideからの明るいメッセージだったはずが…

hide with Spread Beaverのスタートもセンセーショナルだった。1997年12月31日、東京ドームで行なわれた「THE LAST LIVE〜最後の夜〜」でX JAPANが解散。その翌日の1998年1月1日に発行された朝日新聞の全面広告で、hide with Spread Beaverの活動開始を発表したのだ。それからまもなくリリースされた「ROCKET DIVE」は、X JAPANの解散で失意の中にいるファンに向けたhideからのメッセージだった。さらにレイ・マクヴェイとポール・レイヴンと共にzilchを結成、2つのバンドで精力的に音楽活動を展開する予定だった。しかし、「ROCKET DIVE」を含めたシングル三部作として予定していた「ピンク スパイダー」と「ever free」のリリースを前に、彼は急逝した。



■いまも多大な影響を与え続ける、hideの意志と彼の遺した音楽

残された弟とメンバーたちは、hideが遺した音楽をなんとか形にしようと奮闘した。同年10月にhide with Spread Beaverの未発表曲「HURRY GO ROUND」発売後、前代未聞となる本人不在のツアー「hide with Spread Beaver appear!!“1998 TRIBAL Ja,zoo”」を敢行し、11月にアルバム「Ja,Zoo」を発売。アルバムのリリース、ツアー実施に至るまでの弟とメンバーたち、スタッフ陣の苦悩は、『TELL ME ~hideと見た景色~』の劇中でも描かれている。“ファンへの想い”や“音楽に捧げた想い”といったhideが大切にしていたこと、バンドメンバーが大切にしていたこと、パーソナルマネージャーである裕士氏が大切にしていたこと、hideの家族が大切にしていたこと、スタッフ陣が大切にしていたこと。この作品は、すべての登場人物の“大切なもの”や“大切にしていたこと”が交錯している。それ故にそれぞれが背負ったものの重さや大きさが、苦悩や悲しみとなってズシリと伝わってくるのだ。アルバム「Ja,Zoo」に収録される予定だった未発表曲「子 ギャル」が実に16年という歳月をかけて完成し、2014年にリリースされた生誕50周年アルバム「子 ギャル」に収録されたことも話題となった。


hideの死から24年。筆者も同じだけ歳を取ったのだけれど、「ever free」の歌詞を口ずさむたびに、未だに年甲斐もなく胸がギュンギュンとするのだ。hideはいつもすぐ後ろにいて、不安になって振り返ろうとするその背中を、ごっついブーツでガツンと蹴り進めてくれる。そう、あの日パーソナルマネージャーになったばかりの裕士氏にしたことと同じように。そしてこう囁いてくれるのだ。「死ぬ気でやれよ、――」。続きの言葉はぜひ劇場で、直接hideから受け取ってほしい。それは必ず、あなたが明日を生きる糧となるはずだから。

文/大窪由香

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