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【ブカツへ世界からの提言】ビエルサら名将を輩出する国ではなぜ暴力的指導がないのか?――日本の“悪しき伝統”をアルゼンチンはどう見るか?

THE DIGEST

【ブカツへ世界からの提言】ビエルサら名将を輩出する国ではなぜ暴力的指導がないのか?――日本の“悪しき伝統”をアルゼンチンはどう見るか?

 今年4月、熊本県にある私立秀岳館高校のサッカー部で30代男性コーチが3年生部員に暴行した動画がSNSで拡散されると、それに段原一詞前監督も関与していたことが明らかになるという一連の騒動が、スポーツ界のみならず社会的な問題として大きな物議を醸した。

 サッカー界のみならず、日本のスポーツ界では、かねてから指導者による選手への暴力が後を絶たない。とりわけ高校生年代では、生徒を思っての“指導”と称した悪しき伝統が今なお蔓延り、指導者による体罰がたびたびメディアでも取り沙汰されている。

 そんな日本の実情を海外の識者や指導者たちはどう見るのか。列強国の現状を知る人たちの率直な意見をまとめてみたい。今回はアルゼンチンで取材活動を続けているチヅル・デ・ガルシアさんに訊いた。

―――◆―――◆―――

 私がアルゼンチンで暮らし始めてから33年。その間、この国のサッカー界で暴力沙汰が一度も起きなかった年はない。

 ジュニアからユースまでの育成世代でも、地方のリーグ戦でも、アマチュアでも、プロでも、どこかで必ず「暴力」が問題を引き起こしている。その内容は、ジュニアリーグを観戦する保護者による暴言、乱闘からスタジアム周辺での暴動、さらにはサポーター間の派閥による殺人事件に至るまで、背景も規模も実に様々だ。

 アルゼンチン・サッカーに愛着を抱く者として、いずれの場合も事件について耳にする度に「ああ、またか」と呆れるほど日常化してしまっている現実はとにかく嘆かわしい。実際、私のアルゼンチン人の知り合いの中には「暴力的だから」とサッカーを毛嫌いする人が少なくない。
  そんなアルゼンチンだが、熊本の秀岳館高校サッカー部で起きたような「指導者による暴力」のようなケースについては聞いたことがない。サッカー界が暴力と共存していると言っていいような状態だが、指導者が選手を、まして未成年者を殴るようなことは想像し難い。

 それが私個人の印象に留まらないことを裏付けるため、事情通の関係者数名に確認してみると、やはり「アルゼンチンでは指導者が選手に暴力を振るうことはない」と断定する答えが返ってきた。

 育成に定評のある強豪クラブの下部組織のコーチ(注:クラブ内で育成部門の指導者がメディアの取材に応じることが原則禁じられているため名前は伏せる)は、日本の高等学校でそのような事件があったことを聞かされるなり「信じられない」と驚き、「日本は規律を重んじる国。その裏にある指導の厳しさは想像できるが、選手への暴行などあってはならないこと」と語った。彼自身、小学校低学年で同クラブのジュニアチームに入団し、10代後半でプロデビューしたが、その当時から「選手に暴力を振るうような指導者はいなかった」と話してくれた。

 では、暴力沙汰が尽きないアルゼンチン・サッカー界でも指導者による暴行はないという背景には、何らかの理由があるのだろうか。これについて、「ビセンテ・ロペス監督養成校」のディレクターを務めるルイス・レスクリウに話を聞いてみることにした。 1993年に開校したビセンテ・ロペス監督養成校は、AFA(アルゼンチン・サッカー協会)とATFA(アルゼンチン監督協会)から正式に認定されている教育機関だ。卒業生の中にはラモン・ディアス(現アル・ヒラル)、リカルド・ガレカ(ペルー代表)、ディエゴ・シメオネ(アトレティコ・マドリー)、マルセロ・ガジャルド(リーベル・プレート)といった世界でも有数の実力者が名を連ね、生徒には現役のプロ選手たちも多い。

 そんな名門校でディレクターを務めながら、自ら教鞭を執るレスクリウも、指導者による選手への暴行について「アルゼンチンではありえない」と断言。そして「仮にそのようなことが起きた場合は資格剥奪を含む処分の対象になる」と言い切る。

「育成世代の指導者は、サッカーを教えるコーチであると同時に教育者でなければならない。この場合の教育者というのは“学校の勉強を教える人”ではなく、一人の人間として成長していくうえで大切なものを教える人を指す。

 大切なものとはつまり、相手を敬うこと、常に謙虚であること、争いではなく話し合いで解決することなどだ。そしてこれらを教えるためには、豊富な経験と知識を持ち、適切な言葉と態度で相手を納得させることのできる“器”がなければならない。力で相手を説得、納得させるようでは教育者とは呼べない」

「サッカーの指導者=教育者」という話は以前、マルセロ・ビエルサの恩師ホルヘ・グリッファからも聞いていた。グリッファは、貧民街からピストルを持ってサッカーの練習に
やって来る少年や、ドラッグ中毒の親からの暴力に悩む少年など、アルゼンチンが抱える社会問題の犠牲となっている子どもたちと文字通り向き合い、ケース・バイ・ケースで対応する必要があると説き、「サッカーの知識だけで選手を育てることはできない」と話してくれた。
  レスクリウは、アルゼンチンの監督養成校で必須科目となっている教育心理学が、過酷な環境下に生きる子どもたちの心を理解し、問題がある場合はどのような形で解決できるか、助けてあげられるかを学ぶための重要な役目を果たすと語る。

「アルゼンチンでは例えば、貧困に苦しむ少年が親のプレッシャーを受けながらプロを目指すケースが多く、サッカーは金を稼ぐ手段である以上に楽しむべきものであると気づかせてあげなければならない。

 教育心理学のクラスでは、子どもが悩み、迷っている時にどのようにサポートするべきか、抽象的ではなく具体的に何をするべきかを皆で話し合う。厳しい社会に生きる子どもたちにとってサッカーは希望と夢をもたらし安心できる場であり、その環境を作るのが指導者の役目。実際に指導の現場に出ていく卒業生たちは皆、その大役を果たす準備ができている」

 世界で通用する監督を次々と輩出する国、アルゼンチン。ビエルサ然り、ホセ・ペケルマン然り、選手たちから「監督としてだけでなく人間的に素晴らしい」と慕われる指導者たちが生まれる背景には、教え子一人ひとりの心を大切にする教育者を育てる習慣が根付いているのである。

取材・文文●チヅル・デ・ガルシア text by Chizuru de GARCIA

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