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“スーパーカー・トリオ”の流儀。加藤博一は「ごまかすときにはヘッド(笑)」?【プロ野球はみだし録】

週刊ベースボールONLINE

屋鋪は「本当、よく覚えてますよね」



二番として頭を使ったプレーを試みた加藤

 1985年の大洋(現在のDeNA)で塁上を駆けずり回った高木豊、加藤博一、屋鋪要の“スーパーカー・トリオ”。この二番打者、つまり“連結車”として渋く機能していたのが加藤だった。加藤は3人の最年長でもある。97年にベースボールマガジン誌上で行われた座談会を見ると、やはりというか、もっとも雄弁なのが加藤。屋鋪は「本当、よく覚えてますよね」と笑っている。

「横浜スタジアムで、フォアボールでセカンドまで行ってみようと思ったことがあったよ。ファーストまでトコトコ歩いていって、少し手前から一気に加速つけて走ったんだよ。アウトになったけど(笑)」と加藤。ディテールまで鮮明なのには、ちゃんとしたワケがある。「アウトだと思ったときにはヘッド(スライディング)した。だって泥んこだとスタンドから拍手もらえるもん。ごまかすときにはヘッド(笑)」とユーモアを惜しまない加藤だが、長い下積みを経た16年目のブレークということもあるのか、加藤の視線は沈着冷静だった。

 加藤は「(投手の)クセだけでなく、キャッチャーのサインも読む。でも、それに気づかないフリして、右足に一度、体重をかけて、わざとらしく(塁に)戻るのよ。そうすると、まず次の球は外す(ボールになる)から、カウントがよくなってバッターは打ちやすくなる」と語るが、「そこでヒットが出たりすると、俺っていい野球やってるな、って実感したね」とジョークを飛ばす。ひょうきんな職人肌という加藤の真骨頂といえる一幕だ。

 のちの高木と屋鋪の対談では、一番として加藤の前を打った高木は「足がスランプのときには、加藤さんが打席で粘ってフォローしてくれた」、三番として加藤に続いた屋鋪も「加藤さんにはプロの技を見せてもらった」と賛辞を惜しまない。加藤はリーグ最多、そして自己最多の39犠打をマークしているが、これも一般的な送りバントというわけではなさそうだ。「豊が一塁に出て、ただ送って二塁になるなんて、つまらない。俺たちはセーフティーバントで一、三塁にしようとしていた」という。“トリオ”の流儀について、屋鋪の視点は、また次回に。

文=犬企画マンホール 写真=BBM

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