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津々浦々の居酒屋を巡った男が語る「出会い」の物語、開幕!

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、株式会社メイコー・エンタプライズ代表取締役・佐々木明廣氏の書籍『居酒屋 千夜一夜物語』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

はじめに

著名を気軽に居酒屋としてしまったが居酒屋発祥の歴史は古い。実は居酒屋は平安時代からあったと聞き及んでいる。その古い時代に於いては、酒は極めて貴重で贅沢品であったことから、居酒屋の文化は公家や貴族の世界だけにとどまっていたようだ。しかし近代、それも江戸時代になって天下泰平の世が続くと庶民が食生活や娯楽を享受するようになり、にわかに屋台や居酒屋を楽しむ文化が芽生え、現在の居酒屋の基礎を創ったものとされている。

そして近年、物流が飛躍的に発達することによって全国津々浦々の食材・酒が簡単に手に入るようになると、様々なスタイルの居酒屋が世に溢れ返るようになった。私がここで書こうとしている居酒屋はまさにその中の赤提灯・縄のれん的な居酒屋であり、その店は全国の旬の肴と吟味された旨い酒を出してくれる居酒屋の物語である。

酒をたしなまない方に語るのは憚られるが私は酒が好きだ。中でも居酒屋で飲む酒を人一倍愛してやまない。一人で瞑想に浸りながら飲む酒、気心の知れた仲間と飲む酒など人それぞれの飲み方はあろうが、この六十年間私を迎え入れてくれた居酒屋に心から感謝している。

今八十を迎えた私には、故郷北海道から始まり仕事場であった大阪・広島、そして現在の東京に至るまで思い出の居酒屋は数しれない。私はこの居酒屋こそ他国には無い日本の文化遺産であると思っている。私は仕事で海外に出向くことが多かった。

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それも総合商社時代に、入社後すぐに米ソ冷戦時代の東西貿易のプロジェクトに関わったことから米国とソ連、東西両陣営の盟主国への出張が度々あった。その間、北欧諸国を始め韓国、台湾、更に東南アジアと、様々な国を訪れたが当時は仕事で渡航する人を除いて海外旅行に出かける観光客など未だ希少な時代であった。それ故に海外には赤提灯・縄のれん的な店は見当たらず、居酒屋を愛していた私にとっては寂しく辛い思いをした。

私が生まれ育った港町室蘭は外国船の来航が多く、幼少の頃から未知の国やそこに住む人に対して激しい興味と好奇心を持っていた。そして、その欲求を満たすためにはその国の人たちが集まる場所に行くのが最も手っ取り早いことを知っていた私は海外出張する度に居酒屋のような出会いの場所を探す行動をよく起こしたものである。

一九六〇年代の海外の人たちが日本と日本人を見る目は敗戦国日本が経済的に立ち上がろうと苦労している姿であり、どの国もそのような国から来た私を温かく迎えてくれたことを思い起こす。一方、海外の人たちは最近日本独特の歴史や文化、そして日本人が持つ独特の心や芸術、更には食など無形の文化に興味を持つように変化してきているがさて、古き時代の私の居酒屋探しの苦労と努力の結果はどうであったことか。

本書を書くに当たって、私はまず本文を一気に書き上げてから著名を決め、はじめにとおわりにを書こうと考えていた。そして今、行きつけの居酒屋で一人飲みながらその言葉づくりの瞑想に浸っている。

本書を書き上げ読み返してみると、当時の海外の居酒屋やレストランでの私の人との出会いはあたかもペルシャの『千夜一夜物語』に出て来る大臣の娘シェヘラザードが王に夜通し聞かせた奇想天外な東西の物語のようにあの時代では稀有で珍しい体験と思い出の数々であったように思われる。

私はその物語にあやかってシンプルな居酒屋の下に千夜一夜の名を付記することにした。しかし、心地好い酔いと次から次へと心に浮かぶ懐かしい思い出が蘇ってきて頭の中は既に千夜一夜の世界に入り始めているようだ。そろそろ皆さんをその世界にお連れしよう。

第一章 北海道

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