
『四月大歌舞伎』
2021年4月3日(土)に、東京・歌舞伎座で『四月大歌舞伎』が開幕した。1日三部制の第二部では、中村芝翫、尾上菊之助出演の義太夫狂言『絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場』と、中村梅玉と片岡孝太郎の舞踊『団子売』が上演される。
『絵本太功記』は、(限りなく織田信長に近い)小田春長から激しいパワハラを受け続けた(限りなく明智光秀に近い)武智光秀が謀反を決意し、本能寺の変を起こし、滅亡するまでの13日間を全十三段で描き出した物語だ。上演されるのは、十段目。そして『団子売』は五穀豊穣と子孫繁栄を願うおめでたい演目だ。実はちょっと大人向けの内容も秘めるユニークな舞踊となっている。
■『絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場』
十段目『尼崎閑居の場』は、『太十』とも呼ばれる。物語の10日目にあたり、本能寺の変後のエピソードだ。
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舞台は、尼崎。光秀の行いに同意しかねた母・皐月(中村東蔵)は、閑居で身をひそめ、忍んで暮らす。そこへ光秀の妻・操(中村魁春)、息子の十次郎(菊之助)、許嫁の初菊(中村梅枝)がやってきた。十次郎は、父・光秀と真柴久吉(限りなく豊臣秀吉/中村扇雀)の合戦を前に、祖母のところへ、初陣の許しを乞いにきた。初菊は留めようとするが、十次郎の覚悟は決まっている。鎧に着替え、皐月、操、初菊とともに、初陣と祝言を兼ねた盃を交わし、出陣する。
その夜、竹藪から光秀が現れる。笠を押し上げて見せた顔の額には、春信からの仕打ちで受けた傷の痕。辺りに響き渡るカエルの鳴き声を止めないよう、息をひそめて足を運ぶ。実はこの庵室に、宿敵・久吉が旅の僧のふりをして身を寄せているのだ。光秀は竹藪から一本竹を切り出し、竹槍を作ると、これを携えて中の様子をうかがう。そして久吉を仕留めるべく、障子越しに竹やりを突き立てるのだった……。
■受け継がれる時代物の名作
NHK大河ドラマの影響もあり、注目が集まる明智光秀(をモデルとした武智光秀) が主人公の『絵本太功記』 。歌舞伎では、『絵本太功記』を『太十』単独で上演することが圧倒的に多い。上演記録をみる限り、1945年以降に本興行で十段目以外も通して上演されたのは、2005年11月の国立劇場のみとなる。その公演で武智光秀を勤めたのが、芝翫(当時、橋之助)だった。
※以下『太十』のネタバレを含みます。
序盤は、運命に翻弄される家族の悲哀が舞台を覆っていたが、光秀の登場で空気は一変した。現われ出た光秀は、春信を討ってもなお余りある禍々しいほどの殺気をみなぎらせていた。どれほどの辛酸を嘗め、憤りを堪えてきたか。ここに至るまでのドラマを想像させる。後半の見どころは「大落とし」。芝翫演じる光秀は竹本と一体となり、極限の状態に体を震わせ、声なき慟哭で感情を発露させる。