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月収10万円の練習生契約に「やった!」。播戸竜二がG大阪でプロになるまでの苦労を回想!「みんな死ぬほど上手かった」

SOCCER DIGEST Web

月収10万円の練習生契約に「やった!」。播戸竜二がG大阪でプロになるまでの苦労を回想!「みんな死ぬほど上手かった」

 元日本代表のMF鈴木啓太氏が、自身のYouTubeチャンネルで最新コンテンツを投稿。ゲスト出演した元日本代表のFW播戸竜二氏が、幼少期からガンバ大阪でプロ契約を結ぶまでを振り返っている。

 播戸氏は小学校3年生の時に香寺サッカークラブ.Jrに入団。当時はサッカーへの熱意は薄く、辞めようとした際に父親に「男が一度“やる”と言ったことを途中で投げ出すな」と諭されて、何とか続けていたという。

 サッカーに興味を持つきっかけは1993年、播戸氏が中学校2年生の時に迎えたJリーグ開幕。その頃から、プロ選手を目指すようになる。進学した琴丘高校では、国体の兵庫県選抜に選ばれたが上位進出はならず。冬の全国高校サッカー選手権にも出場できなかった。

 全国に名をはせることはできなかったが、選手権予選の前にG大阪から声がかかった。ただ、ユースチームで練習すると「みんな死ぬほど上手い」。同級生に、稲本潤一(現・南葛SC)、新井場徹氏、橋本英郎氏がいた。
 
 何とかこぎつけた練習生契約。条件は月収10万円、半年での契約終了もあるというもの。実家から2時間ほどかけて練習場に通い、練習後に外食に出かけるチームメイトを横目に母親が作ってくれた弁当を食べていたという。それでも、「やった!と思ったね。金額どうこうではなくて『ガンバに入れる』だけだった」「がんばったらプロになれるかもしれないと思っていたから。楽しかった毎日」と振り返る。

 プロ契約の条件はトップチームでの2試合出場。播戸氏いわく、その年はフランス・ワールドカップでエースストライカーのパトリック・エムボマが調整のため練習を休むこともあり、FWの層が薄かった。その中で、播戸氏は3月のサテライトリーグで活躍したこともあり早々にトップチームへのチャンスが巡ってきた。

 Jリーグデビュー戦は4月11日の清水エスパルス戦。67分に途中交代で入ると81分に警告を受けた。相手GKと交錯して年上の澤登正朗や斉藤俊秀が「『おい何やってるんだ』と詰め寄ってきて、『俺も必死なんや』と逆ギレ。それでイエローカード」と回想。プロ契約にはもう1試合の出場が必要だったが、すでに自信をつけていたといい、実際に5月2日の浦和レッズ戦で出場を果たした。

 当時を「サッカー選手の時にこうだった、ああだったもあるけど。プロになるまでの方が、俺がサッカーでやってきたものが詰まっているかな」と振り返った。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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