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古代ギリシャのアテネの浴場の井戸から呪いの言葉が刻まれた石板が複数発見される

カラパイア


 古代ギリシアの都市国家、アテネ(アテナイ)のケラメイコスにある浴場跡の井戸から、呪いの言葉が刻まれた30枚もの石板が見つかった。

 紀元前4世紀後半から3世紀の時代から、発見されることなく、ずっとこの場に埋もれていたようだ。

 この地域の呪いの石板は、紀元前5世紀から4世紀のもので、たいていは墓から見つかっている。だがなぜ、浴場の井戸の中から出てきたのだろうか?

なぜ浴場の井戸から呪いの石板が大量に?

 研究者たちは、これはアテネの法律が変わって、呪いをかけたい市民が、これまで行っていた墓場で呪いの儀式ができなくなってしまったせいではないかと考えている。

 憎っき相手にどうしても復讐したい人は、呪いの石板を納めるのに、なんとか工夫をこらさなくてはならなかった。

 墓場が使えなくなり、公共の井戸が絶好の場所だということに気づいたのだ。

 地中に穴を掘って作られる井戸は、冥界への代替ルートとして最適だったのかもしれない。そう、あの平安時代初期の公卿、小野篁の「冥途通いの井戸」を彷彿とさせる。

黄泉の国へとつながる井戸 / Image courtesy of Dr Jutta Stroszeck / German Archaeological Institute
呪いの石板の発見場所が浴場の井戸だったことは、これまで使われていた墓のほかに、冥界に通じるもうひとつのルートとして井戸の可能性が考えられていたことと関係があるかもしれません
 と語るのは、ドイツ考古学研究所のユッタ・ストロスゼック博士。
紀元前317年から307年にアテネを統治していた政治家であり哲学者のファレロンのデメトリオス」が、アテネの共同墓地を再編してから、こうした法律の改正が行われ、墓地で魔術を行うことができなくなったのです

呪いを達成するのに最適とされていた墓地

 墓地は、呪いの儀式を行う場所として好まれていた。ある種の死者は、一番効果がある呪いの担い手だと信じられていたからだ。

 ストロスゼック博士は、自身の論文の中で、キプロスの南海岸にある古代遺跡クリオンから出土した、紀元前3世紀にさかのぼる呪いの石板についてふれている。

 そこには、共同墓地のどこに呪いの石板を納めればいいかなど、細かい指示があるという。それによると、

 「早世した子ども、きちんと埋葬されなかった貧しい人々、殺人の被害者など暴力的に殺された人々、 斬首された犯罪者、戦死して共同墓地に葬られた兵士たち」の墓が良いそうだ。

 こうした人々の墓は、とくに最適な呪いの担い手として好まれていたようだが、不足していた場合、井戸の奥深くに呪詛の思いを投げかけなくてはならなかったのかもしれない。

 30余り見つかっている石板は、肝臓やナイフのような形をしているものがあり、その多様性は興味深い。

肝臓の形をしたこの呪いの石板は、浴場跡の井戸から発掘された / image credit: Dr Jutta Stroszeck / German Archaeological Institute

古代ギリシャの呪いの石板、その効能は?

「今回、新たに見つかった石板は、古代の筆記道具としての通常の石板とは別に、呪いの目的のためにさまざまな形のものが作られたことをおしえてくれます」

 アテネの呪いの石板は、呪う相手を話すことも、動くことも、考えることさえもできなくさせ、呪いをかける側が有利になるように使われた。

 その相手は姻戚関係にある者が多かったという。恋敵や、新婚の夫婦を妬む者の呪いは、呪う花嫁の性器に特別に言及しているものもあるという。

 戦車レースに参加する兵士ですら試合の前に、ライバルに勝つために呪いの助けをかりるという。

References:Discovery Of 30 Curse Tablets Shows How Athenian Bathhouse Well Became A Chute To The Underworld | IFLScience / written by konohazuku / edited by / parumo

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