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精神科医が明かした、若いアスリートが不安定なメンタルを抱えやすい理由

パラサポWEB

内田氏は、メンタルヘルスを守るには、自尊心や自己肯定感といった内面的なものを育てることが重要で、それが育たないうちは、なかなか安定したメンタルは築きづらいという。しかし、アスリートはトップクラスに近づくほど、内なるものを育てている余裕がなくなってしまう。

「アスリートの場合は、外的な評価をされる機会が多く、それが直接自己肯定感に影響するケースが少なくありません。外的評価とは、たとえば順位だったりメダルの数だったり、どのようにメディアに取り上げられているかとか、どれだけファンがいるかとか。そういった外的な評価に常にさらされているので、自分の中で何が重要なのかや、自分の中でどんな人になりたいのかというのを、落ち着いて考えて育てる機会を与えられないことが多いんですよね。
自己肯定感とか自尊心を育てるためには、いろいろな経験をしたり、いろいろな価値観の人と会ったり、簡単に言うと視野を広げることが大切なんです。人間は育っていく中で、さまざまな成功と失敗を繰り返しながら、自分にとって大事なものはなんだろうと考え、自分にとってここが大切なんだなっていうことに気付いていくものなんです。トップアスリートは成功と失敗を繰り返し、他の人は経験できないような視点を育てることも確かですが、若いときから常に練習をしたり、遠征にいったりして、普通に学校生活を送ることも難しく、すごく狭い世界の中で生きているケースが多いので、その狭い世界の中の価値観に支配されてしまい、競技以外の価値観や考え方を体験する機会が少ないのも事実です」(内田氏)

さらに国際大会などに出場するレベルになると、コーチやマネージャー、スポンサーといった自分をサポートしてくれる大人を意識せざるを得ない。なぜなら、彼らの給与や名誉などが、そのアスリートの成果にかかっているからだ。そのため、自分自身の幸せのためだけに競技を続けることは難しくなる。周囲の大人も選手が活躍すればするほど利益や名誉が与えられるため、選手の幸せを第一に考えることが難しくなってくることもある。しかも、そうした大人がアスリートに対して絶対的なパワーを持っていることが多いため、選手は自分の意志を表明することが難しくなり精神的に追い込まれるケースもよくあります。若いアスリートの置かれるこうした環境は、メンタルが不健康なほうに傾く十分なリスクになると、内田氏は懸念している。

メンタルの不調を予防するために。アメリカでは大学生の半分以上がカウンセリングを活用

ケガをして手当をしないうちに行動すると、その部分をかばってまたケガをすることはよくある。また、捻挫などをして完治しないうちに無理をすると、同じ場所をまた捻挫してクセになるということも覚えがないだろうか? メンタルの不調もそれと同じでケアは早ければ早いほどいいのだそうだ。

「目が悪い人は眼鏡をかけます。眼鏡をかけている人に、我慢しろとか、意志が弱いなんて、誰も言いませんよね。必要な時に、必要な医療や必要な処置を受けるのは当たり前のこと。メンタルの不調もそれと同じです」

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さらに内田氏が手当よりももっと重要視してほしいというのが、予防だ。

「みんな運動をするときにケガをしないようにストレッチをしますよね。それと同じように自覚症状がなくても、カウンセリングを受けることはメンタル疾患の予防に繋がります。日本ではメンタルカウンセラーに相談することに、まだまだネガティブなイメージがあるようですが、アメリカでは大学生の半分以上はカウンセリングを受けています。身体的なトレーニングをする際、今はスポーツジムでも専属のトレーナーをつけたりしますし、怪我をした場合にはリハビリ技師さんの助けを借りることもありますよね。それと同じ感覚で、自分の精神的健康のためにメンタルカウンセラーをつけると考えたらいいんじゃないでしょうか。
メンタルカウンセリングを受けることが「弱い」わけではありません。むしろ強くなるためのトレーニング、ダメージをできるだけ防ぐための予防という観点で生活の中にメンタルヘルスに向き合うことが、日本でも普通になってくれるといいと思います」

子どもアスリートのメンタルヘルスを守るには?

オリンピックやパラリンピックといった国際大会は子どもへの影響も大きい。素晴らしいパフォーマンスを見て、アスリートに憧れる子どもも少なくない。一方で先ほど紹介したように、子どものうちからスポーツ漬けになるにはリスクも伴う。子どもアスリートのメンタルヘルスを守るにはどうしたらいいのだろうか?

「さきほど、外的評価にさらされることで、自尊心や自己肯定感といった内なるものが育ちづらいリスクがあるとお話ししました。そうすると、『じゃあ、外的評価を取り除けばいいんじゃないか』という極端な結論にたどり着いてしまっている例がたくさん見受けられます。順位付けはよくないからといって運動会でみんなにメダルをあげるとか。勝ち負けにこだわるのは良くないから運動会やスポーツの大会そのものをやめようとか。しかし、勝ちを目指すのはスポーツの中で自然な感情なので、それを全くなくすのは違うと思うんです。
私が言いたいのは、『勝ち負けだけで自分を評価する軸しかない場合はリスクがあるよ』ということ。外的な評価を全くなくしたからといって、内なるものが作られるわけではないんです。内的評価を育てるためには、自分がどういう人になりたいのか、自分がどういったものに幸せを感じるのか、何に価値を置くのかというのは、視野を広げ経験を積んでいくことが大切ですので、子どものアスリートに関わる大人は、自分自身にも、子どもにもそのような経験を積ませてあげる努力が必要でしょう。あるいはセラピーを通して自分と向き合う時間を作る、そういった中で自分なりに考える機会を得て、自分に正直になり、自分の世界と触れ合うことによって、自己評価は上がっていくものだと思うんですね。そこに注力せずに外的評価を取り除いただけでは、むしろ目標もなく、何をやってるのっていう状況になってしまいます。ですから、たとえば運動会や大会をやめてしまうのではなくて、大会のあり方を考え直し、結果の意味を考え直すことが重要です」(内田氏)

試合分析と人格攻撃は全く別物!SNSでの何気ない一言に気をつけて

アスリートのメンタルヘルスを脅かすものとして、近年問題視されているのが、SNSなどでの誹謗中傷。国籍や肌の色、容姿など、パフォーマンスとは全く関係ないことまで持ち出して誹謗する人たちが沢山いることは悲しいことだ。

「スポーツを観戦して、あのパスは良くなかったとか、あの選手はあの位置にいるべきだったとか、試合を分析して発言するのはいいんです。でも、それが人格攻撃に繋がるとか、容姿に関することなどを混同して発言する人がたくさんいて、アスリートはそれを言われても当然という悪い風潮ができてしまっています。アナライズ、つまり分析するのと、人格や容姿を攻撃することは全く違うことです。ファンも報道するメディアも、言っていいことか悪いことかくらい、考えてから発言してほしいと思います」

こうした悲しい事案がなくなるためには、スポーツを観戦する側が優しさを持って観ることが大切だと内田氏。スポーツ観戦をして高揚した気持ちのまま、何気ない気持ちでSNSに書いた一言。本人は気軽に書いたつもりでも、場合によっては選手の命をも奪いかねないということを私たちは決して忘れてはいけない。

残念なことに、2022年に入ってからもアスリートに対するSNS上での誹謗中傷は後を絶たず、法的手続きをとるといったことが日本でも起きている。トップアスリートの中には若くてもろい人も多く、メンタルを追い込まれやすい環境にいることを知り、彼らにどんな言葉を投げかけるかよく考えることが大切だ。アスリートが十分に自分と向き合い、素晴らしいプレーができる環境をつくっていくという点では、コーチやスタッフだけでなく、その家族、ファンも当事者だといえる。よりスポーツを豊かなものにしていくために、アスリートのメンタルヘルスを今一度意識したい。

PROFILE 内田舞
小児精神科医、ハーバード大学医学部助教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒、2011年イエール大学精神科研修修了、2013年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。子どもの心や脳の科学、また一般の科学リテラシー向上に向けて、三男を妊娠中に新型コロナワクチンを接種した体験などを発信し、日本でも話題となった。

text by Kaori Hamanaka (Parasapo Lab)
photo by Shutterstock, Getty Images Sports

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