吉田恵輔監督、安田顕の芝居に泣かされる「キスシーンで“勝てる自信”が生まれた」
吉田恵輔監督、安田顕の芝居に泣かされる「キスシーンで“勝てる自信”が生まれた」
新井英樹の同名漫画を、安田顕主演で映画化した『愛しのアイリーン』。間違いなく2018年筆頭の傑作だ。
閉塞的な田舎町で暮らす上に、母親の執着的な親子愛に繋がれている42歳・岩男(安田顕)。彼は失恋を機にフィリピンへ飛び、大金をはたいて嫁探しツアーに参加。そこで出会ったアイリーン(ナッツ・シトイ)と国際結婚するが、純真さはあるが金目当てでもある彼女の心を岩男は掴みあぐねる。物語はそんな二人のラブストーリーに加えて、日本在住フィリピーナをめぐる裏社会も巻き込んだ現状、差別・偏見、そして地方過疎化にも踏み込む。岩男、アイリーン、そして岩男の母親・ツル(木野花)。三者の愛はどんどん深みにはまり、暴力の目覚めへと発展する。

メガホンをとったのは、『犬猿』『ヒメアノ~ル』で知られる吉田恵輔監督。観るものの想定をはるかに超越する今作について話を訊いた。 (註:吉田の「吉」の正式表記は土に口)

この作品は、中盤でまず“泣かせるポイント”がある。心に距離があった岩男とアイリーンが少しずつ近づいていく、その姿。お互いの事情がぶつかりあった果てのキス。そして初めての夜。その一連の関係性がとても美しく描かれている。

「この映画で本当に幸せな瞬間は、二人のキスだけなんですよね。岩男が、アイリーンに『お前、綺麗だな』と言いますが、僕たちは彼女を綺麗に見せるために背景のネオンなど、いろんな工夫を凝らしたんです。逆に、岩男は『まあ、いいか』くらいに軽く考えていたんですけど、そこでの安田顕さんの芝居に泣かされちゃって。ナッツも、『本当にキスがしたくなった』と言っていたんです。あの空気感は、撮りながら『いいものを見た』となりました。これだけいいキスシーンを撮れたら、あとはどうなっても、この映画は勝てるという自信が持てました。そして二人の初めてのラブシーン。安田さん、ナッツの芝居の熱量がなだれ込んでいた。で、お互いに服を脱ぐけど、『アイリーンに穴の空いた靴下を履かせてみて、それでも泣けるかどうか』って試してみたんですよね(笑)。そんな見た目でも泣けたら、絶対勝ちだろうって。そうしたら、やっぱり泣けてしまって、全然笑いにならなかった」

吉田監督が「幸せのピーク」というラブシーンを分岐点に、二人は破滅と狂気の方向へおちていく。国際結婚を反対してアイリーンを罵る母親・ツルの差し金で、フィリピーナらを牛耳る裏組織があらわれる。岩男は、アイリーンのために血を流し、そのときの衝撃から自分を見失っていく。振り切れた暴力がそこで映し出されるが、残酷ではなく、どこかつらくて悲しい。

「あのときの岩男には、罪悪感、恐怖心などいろんな感情が渦巻く。アイリーンは『私があなたを守る』と言うけど、しかし彼女とは温度差を感じていて余計にイラつく。『お前、結構のんびりとしているよな。俺を捨ててフィリピンへ帰るんじゃないか』と猜疑心も生まれる。それが岩男を暴力へと走らせる。でも今作で気づいたのが、自分は暴力を撮るのが得意だということ。『犬猿』のメイキング担当がもともと格闘家の方で、『吉田さんが撮っているのは、アクションではなく暴力なんですよね」と言われたんです。確かに、過去作もそうなんですよね。アクションではなく、ひたすら暴力を撮ってきた感覚。例えばなのですが、僕には『クローズ』は撮れないんです。アクション映画にならないから。『愛しのアイリーン』のように、どこかで起きている暴行を隠し撮りし、それを編集して繋いでいるようなリアルさがあると思います」

吉田監督のアクション=振り付けではない感覚は、肉体的な暴力シーンだけではなく、言語の衝突からも伺える。中でも、アイリーンのフィリピン語とツルの田舎の方言が闘い合う口喧嘩。もはや何を言っているか全然わからない、むき出しのネイティヴ。

「この原作を読んだときに、自分の生い立ちからくる暴力性が湧き上がったんです。僕が暮らしてきた環境は、わりと日常的にまわりに暴力があった。だから、そこで見て来たものを撮ってしまうのかも。むしろ、『現実はもっと酷いけどね』ってくらい。それはご指摘の通り、言語にもあらわれているかも知れません。そして暴力の残酷さを知るからこそ、愛を撮りたくなるんですよね」

岩男とアイリーンの強引な結婚は、お互いにどこか不純さもまじっている。しかしどんどん濾過されて、ピュアな愛へ変貌する。吉田監督は、「偽物だったとしてもその中から本物が始まるだろうし、本物から始まって偽物が生まれたりもする。何が正解かなんて、誰も提示できない」と語る。

「物語の中盤で、岩男たちの行きつけのフィリピンパブがガサ入れにあう。その模様がテレビのニュースで流れますが、キャスターが『経営者は、“俺は人を助けるためにやっている”と反省のない態度で…』と原稿を読む。あれは本当にあった記事から抜粋したんですが、でも経営者のような人に、本当に助けられている方もいるはずなんです。それがなければ、飯も食えなければ病院にも行けない。なのに『反省のない態度』という一方の見方でしかない原稿の言葉に違和感を覚えた。この映画には明確なメッセージはないけど、しかし“正解”について少し考えることができるはず。きっとこういう作品は、3、4本前では撮れなかった。自分自身が熟成したからこそ撮れた物語。集大成に近い映画です」

映画『愛しのアイリーン』は全国公開中。
(更新日:2018年10月12日)

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