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三角関数は学びたい人だけでいい?日常生活で使う使わないを基準にすべき? 維新議員の問題提起から考える

ABEMA TIMES

 東京大学理学部で物理学を専攻、同大学院(現JAXA)にまで進んだ永野氏だが、実は数学が得意な方ではなかったのだという。

 「高校2年生の時、物理の中で振り子の運動が出てきた。そして三角関数を学んでいれば、糸の長さが同じであれば振れ幅に関係なく1周期が同じになるという現象を数式で記述できることを知り、感動した。三角関数を教えてもらったことに感謝した。その意味で、今回の議員の発言は残念だ。仮に三角関数を学ばなくなれば、その先の数学を学ぶ必要もなくなってしまう。なぜなら三角関数、そして指数関数や対数関数を勉強して初めて、小学校から積み上げてきた学習が繋がり、“あれはこれに使うんだ”という数学の全体が分かってくる。この面白さを放棄させてしまうのはもったいない」。

 こうした永野氏の意見に対し、「数学を学ぶ上で通らなくてはいけない道だということには同意するが、その道を進むことができる素養を持っているのは人類の20%くらいしかいないのではないか」と指摘するのが、スパイスアップ・アカデミア代表取締役の森山たつを氏だ。

 早稲田大学理工学部を卒業した“理系”の森山氏。「おそらく残り8割の方は、数学の世界が面白い、もっと詳しく知りたい、と思ったことはないのでは?僕は面白いと思える方だし、このsinというのは後で便利になりそうだ、と直感的に分かった。しかし高校時代に友達に数学を教えていても、そういうタイプの方が少なかった」と振り返る。

 「実際、波を数式で表せることに感動したという永野先生のお話を聴いて、皆さんもそう感じたのではないか。これはあらゆる分野に言えることで、漢文を読んで面白い、文字の流れが素敵だと思う人もいれば、そうでない人もいる。僕は国語の偏差値が35で、“誰も使わない言葉を学んでどうするんだ”と、古文の授業をボイコットしている(笑)。授業時間、高校生活は有限だ。だからこそ僕は感動するもの、理解できるものを見つけ、それを深掘りしていった方がいいと思うし、先生たちは高校1年生に対して各教科の学習内容の魅力プレゼンすべきだ」。

■「学習する基準は日常生活で使うか、ではないと思う」

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 2人の話を受け、テレビ朝日の平石直之アナウンサーは「使う使わないというよりも趣味や教養の世界に思える古文よりも、世界の基本となっている三角関数の方が価値はありそうだ。藤巻議員は経済学部を出て銀行勤務も経験している。そういう人が三角関数不要論を唱えたということで怒っている人もいるので、“古文よりは”と言っていれば違っていた。4段活用、使うだろうか」と問題提起。

 一方、EXITのりんたろー。は「僕がはじめて書いたネタは、“流行り言葉は繰り返されるから、チャラ男は古文でしゃべるべきじゃないか”というものだった。例えば古文が選択科目だったとしたら、僕たちは今ここにいないわけだ」と苦笑。兼近大樹も「三角関数も、みんなが学んでいる間はネタにできるから、俺たちにとっては必要だ」と冗談まじりに語った。

 一方、慶応義塾大学の若新雄純・特任准教授は「藤巻議員の発言は残念だ。日常生活で使えるか使えないかで学習内容を決めようという人がいるが、それは浅い考え方だと思う。学校で学ぶことの多くは“脳のトレーニング”のようなもので、人から聞いた話を理解したり、人に説明したり、複雑で困難な状況を打破したりするときに繋がってくるものだと思う」とコメント。

 「その意味では、三角関数で言えば、自然界の現象は数式化できる、そういう根本を捉えていこう、ということだと思う。古文だって、俳句が上手な人は他の場面でも日本語表現も美しいということもあるし、物の感じ方が鍛えられる可能性はあると思う。そんなの興味がない、人に決められたルールや時間の中で生きていくだけでいいというのならいい。

 しかし、今までになかったものを作るとか、新しいものに取り組もうと思った時には、そうした脳のトレーニングが活きてくるのではないか。もちろん、教科書が古いままだったりするし、時代の変化に応じて学ぶ内容の棚卸しはあっていいと思う。その時には、生活の中で使うかどうかではなく、これからの社会で必要な思考力やセンス、視野の広がりが得られそうかどうか、という観点で考えて欲しい」(若新氏)。(『ABEMA Prime』より)

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