top_line

【 最新ニュースをアプリでサクサク読むなら! 】

南河内万歳一座『改訂版 二十世紀の退屈男』(配信あり)作・演出の内藤裕敬が語る。「やり場のない孤独=退屈のあり方を、爆発させるように見せたい」

SPICE

時代はとっくに21世紀に移ったが「あえて昭和のアナクロな孤独をやることで、現代にも普遍的に通用するものを見せたい」と意気込む内藤。しかしその「孤独」の闇は、現代の方が深刻だと感じている。

南河内万歳一座『二十世紀の退屈男』(2004年再演)。 [撮影]谷古宇正彦


たとえば昨今の、京アニとか大阪駅前のクリニックの放火犯を見ていると……すごく迷惑な話ではあるけど、死をかけて自己の存在をアピールせざるを得なかったという、度を越した孤独を感じるんです。何かわからない底なしの孤独を胸の中に抱えていて、それがああいう形でハジけてしまったのかなあ、と。特に、多くの可能性を根拠なく感じる(若い)年齢の時には、この孤独は耐えられないんじゃないかな。人の体温を感じながらコミュニケーションを取る機会が減った、ネットソサエティの時代になってから、孤独のあり方は昔よりも、ずっと底なしになってるんじゃないか? という気がします。

この“孤独”というキーワードを、今回どう扱うかで、作品の完成度は変わってくるでしょう。さらにストーリーの中では、手紙が大きな役割を果たします。本当に相手に読んでもらえたかどうかわからない、非常に心もとない通信手段ですよね。だけどその心もとなさと、肉筆でつづられた文章というのは、この高度デジタル化社会の中で、とても意味を持つのでは。初演からこの手紙の扱いは、何度か変わってきてるんですが、今回はさらに手紙の存在を、何か普遍化した形に暗喩できれば……と考えています」。

ここ数年は新型コロナの状況に翻弄されたため、客席をフルで使用できる公演は久々。「やっぱり“今日は満員だぜ”って言うと、役者の高揚感が違うからね」と喜びを見せる内藤。さらに今回の公演は、特に長年の万歳ファンにとって、また別の大きな意味を持っていることを明かす。

広告の後にも続きます

南河内万歳一座『二十世紀の退屈男』(1987年初演)。左が味楽智三郎、右が河野洋一郎。


これがもう一つの、再演の大きな理由なんですが、昨年亡くなった河野洋一郎主演の代表作なんです。(もう一人の主演の)味楽智三郎とともに作品のクオリティを担保していて、掛け合いの遊びの中から、新しい発想を開発していく……稽古だけでなく、本番の舞台でも“まだ新しい発見ができないか?”という存在の仕方をしていました。追悼の意味をそれほど打ち出しはしませんが、僕らの気持ちの中ではそういう思いがあります」。

「孤独」をテーマにすると、だいたい陰鬱で湿度の高い世界になりがちな所を、あえて「爆発するような孤独のあり方」を見せるという内藤。孤独をポジティブな方向に、思いがけぬ形で逆噴射させるようなステージが現れることを期待したい。なお今回も旅公演を実施しない代わりに、収録映像の長期配信を行う予定。さらに楽日の29日終演後には、前述の河野洋一郎を偲ぶ「河野洋一郎からグッドラックの会」を執り行う。以上の詳細は、公式サイトでご確認を。

南河内万歳一座『改訂版 二十世紀の退屈男』公演チラシ。 [イラスト]長谷川義史


取材・文=吉永美和子

  • 1
  • 2

TOPICS

ランキング(エンタメ)

ジャンル