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知床観光船沈没1カ月へ…なぜ「出航」判断? 心理学で考える

オトナンサー

 実際には、当日の知床沖の水温は5度以下であり、泳げるかどうかにかかわらず、海に入ってしまえば、数分で意識を失うような状況でした。だから、たとえどんなに泳ぎがうまくても、飛行機が落ちるのと状況は大して変わらないのですが、先ほど書いた個人が感じるリスクやコントロール可能性は、直感的かつ主観的なもので、あまり深く考えずに、「何かあっても飛行機よりは安全そうだな」と感じてしまう場合があります。

 さらに、過去に同じような悪天候で出航し、無事に帰ってきたという経験を何度か繰り返していると、「この程度なら大丈夫」という誤った学習をしてしまいます。一方、欠航判断をしても、もし出航したらどうなっていたかは分からないので、「欠航してよかったな」という学習は、なかなか進みません。

 それどころか、「欠航してもそれほど海が荒れなかったら、『実は大丈夫だったんじゃないの?』などと、会社からも乗客からも言われやしないか」というプレッシャーを、出航・欠航の判断をする人は、常に感じているはずです。

 これらを総合すると、今回の出航判断は、「利得」が高く評価される条件、「リスク」が低く評価される条件がそろい、誤った学習やプレッシャーが加わるなど、いくつもの不幸な要因が重なった結果だったのかもしれません。

悲劇を繰り返さないためには?

 こういった、人間の誤った判断に対処するためには、決定権を人間に握らせないのが一番です。あらかじめ、客観的に観測可能で、安全寄りの基準値を定めておき、それを上回ったら有無を言わさず諦める、というルールを作っておくのが有効です。

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 人間は、ついその場の状況や立場などに流されて、てんびんの片側にあるリスクを軽めに見積もったり、時には見なかったことにしたりします。また、さまざまな事情から、てんびんの反対側にある利得を、実際よりも重く見積もってしまうこともあります。

 ですから、こういったリスクテイクに関する決定は、その場所、その瞬間に居合わせた人の判断に委ねるべきではないのかもしれません。

 同じような「判断の構造」は、世の中のあらゆるところに転がっています。この事故の教訓が生かされて、さまざまな場所で、同種の判断ミスの再発防止策が講じられることを願いつつ、行方不明となっている皆さんの一日も早い発見と、亡くなられた皆さんのご冥福をお祈りしたいと思います。

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