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ロンドンは曇りがちだから…急遽!なんとなく「ヨーク」を訪問

幻冬舎ゴールドライフオンライン

本記事は、村野憲政氏の書籍『ヨーロッパ歴史訪問記』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

【前回の記事を読む】ネッカー川都市紀行…ロマン派詩人に愛された中世都市の見所

1998年10月3・4日(土・日) ヨーク紀行

-ローマ都市を起源とする歴史ある町-

土曜日の朝8時に目を覚ますと窓の外は青空。最近ロンドンは曇りがちでなんとなく面白くない気持ちでいたので、週末何の予定も無い(いつも何もありませんので誰か遊びに来てくれれば大歓迎です)ことを幸い急遽出掛けることにしました。

 

洗面用具・寝具等在宅用とは別に手荷物に一式揃えてありますから、出掛けるまで30分も掛からずお昼前にはイングランド北東部のヨークに到着していました。

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私も現地で遺跡、博物館を回って知りましたが、ヨークはローマ時代から中世末期までイングランドでロンドンに次ぐ重要都市でした。ヨーク公(Duke of York)は代々のイギリス王室の王族の称号で、王太子の存命中に限り国王または女王の存命する2番目の男子に与えられていて、現在はアンドルー王子が所有者で、これも中世以来のヨークの重要性から来ていると思います。

 

ヨークの歴史は紀元71年のローマ軍による征服に始まり、ローマ帝国最北端を守るハドリアヌス長城に駐屯したローマ軍団の司令部はヨークに置かれブリタニア属州北部の中心都市でした。

紀元5世紀始めにローマ軍が去ったあとアングロ・サクソン人がゲルマニアから侵入し王国を築いたあと、866年にヴァイキングがヨークを占領し1066年のノルマンディー公ウィリアム(イングランド王ウィリアム1世在位1066年~1087年)の征服までデーン人の支配下(注1)にありました。

ローマ時代から中世末期までのヨークの繁栄を支えたのは大陸との交易で、地図を見るとスカンジナビア、デンマーク半島、ドイツまで含めて北海を囲む交易基地としての重要性が分かります。ヨークの最後の栄光の時期は1642年からの清教徒革命(イギリスの歴史家は革命ではなく内乱というそうです)で、チャールズ1世(在位1625年~1649年)を支持する王党派の中心地となりましたが1644年に北からのスコットランド軍とクロムウェル率いる議会軍との連合軍に敗れました。

(注1)デーンロウ(Danelaw)は、【古英】Dena laguに由来する言葉で、9世紀後半以来ヴァイキング(デーン人)の支配下に置かれたイングランド東部地域を意味します。この地域にはアングロ・サクソンの法制とは異質な慣習法や独自の方言、風習が残りました。

ヨーク大聖堂はイングランド最大のゴシック建築で、またそのステンド・グラス、石細工は非常に印象的です。その地下にはローマ都市の遺跡があります。

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