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難病を発症した夫…身体が動かなくなり始めて、「悪いなあ。」

幻冬舎ゴールドライフオンライン

唐八景には、地元の人たちが伝統行事としてハタ(凧)揚げをするアスファルトで固められた平坦な広場があり、健康な子どもだったら数分で一周してしまうくらいの狭いその周囲を、善一さんは何十分もかけて歩いていた。

私たち以外には誰もいないときもたまにはあったが、たいていはいろんな人が日曜の午前、その場所に来ていた。ハイキングに来た家族連れ、犬の散歩に来た近所の主婦、そして善一さんと同じ目的で来ている人も。

その人は60歳くらいで、杖をつき、リズミカルな動きではないにしても、黙々と着々とその広場を回っていた。未央を草原で遊ばせながら、私は見るとはなしに、その人と善一さんの動きを比べてしまっていた。

明らかに足が悪く、杖をつきながら歩くその人のほうが、善一さんより健康そうでスイスイと歩いているように見えた。それほど善一さんの足は、傍目にも痛々しいくらいぎこちない動きしかできなくなっていたのだった。

周囲のすばらしい景色を眺める余裕もなく、ただ足元を見つめ、黙々と30分くらい歩いた善一さんは、「疲れた」と言って、車を近くまで持ってきてほしいと私に言った。

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車に座った善一さんは、開口一番、「あれくらい歩ければいいよな、充分なのにな」と先ほどの杖の老人のことを言った。

以前の善一さんの口からは絶対出るはずのない言葉だった。私はそのつぶやきに、善一さんの深い絶望の片鱗を感じたのだった。

けれども、こんな天気の良い日、こんなに景色の良いところには、絶望の言葉は似合わない。

「リハビリ頑張れば、すぐあれくらいに戻れるよ」

私は、あてもないことを妙に元気良く話しかけたが、善一さんの返事はなかった。

「なんだか夢を見ているようだ」

と善一さんは時々言ったものだった。そして私も。

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ずいぶん長いこと、これは夢、悪夢なのではないか、明日の朝になると何もかも元通りになるのではないかと、ずいぶん甘い期待をしていた。

けれども、いつまで経っても、誰もこれが夢だったとは言ってくれなかったし、善一さんの足は治るどころか、日に日に悪くなり、退院して半年後には、平坦な道さえも、ゆっくりゆっくり、人の何倍もの時間をかけて、慎重のうえにも慎重に、そろりそろりと歩かなければならなくなり、その次は壁や塀に片手をかけて用心しなければ、前に進むことが怖くなるくらいになってしまったのだった。

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