「ゆきだるまと一緒に撮りたかったのになー」
大地は、
「ありがとう傘」
と言って、傘を受け取った。
「帽子はね? 少しよごれてたから、クリーニングにだしてきちゃった」
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「すみません……」
大地は言葉とは裏腹に、嬉しそうにそう言った。咄嗟にまた会えることを喜んだ。
「ありがとう。ゆきだるま……傘までかけてくれて。なんだか、私が守られてるみたいで嬉しかった」
れんからのストレートな言葉に、大地は少し動揺したが、なんだか自信のようなものが湧いた。明るくて素直な性格みたいだなと、れんに対する好感が増した。まだいつもの調子のいい大地ではない。
「ゆきだるま、もうないけど、一緒に撮らない? 記念に」
大地は快諾した。二人で数シーン撮った。広いグラウンドの真ん中で。まだ緊張感のある距離感だったが、寄り添えたのが嬉しかった。
「お昼食べた?」
「まだです」
大地は、待ち合わせの時間から、一緒にランチができないかと、店のリサーチまで済ませていた。すると、れんが、持っていた籐の大きめのかごバッグからランチボックスを取り出してみせた。
「パン焼いたの。よかったら一緒にどうかなって……」
大地は、年上の女性に好意を抱くのは初めてで、頼もしさというか、ウワテだなとちょっとだけ敗北感のような気持ちを抱いた。でももっと一緒にいられるのがうれしかった。
少し歩いて、屋根つきで、テーブルもあるベンチまで、れんのペースに合わせて歩いた。黙って歩いた。れんが、テーブルに二人用くらいのランチョンマットを敷いて、紙のランチボックスを二つ出してくれた。大地が開けると、数種類のパンがはいっていた。
「うまそー」
と大地が言うと、れんが、
「やっとしゃべってくれたー。さっきからあんまりしゃべってくれないから、どんな声かじっくり聞いてみたかったんだよねー。なんか、歌ってるときと感じが違うし。歌ってるときは、なんか高校生には見えないし。かっこいいから人気もあるし、なんか遠くの世界の人みたいだった。ゆきだるまに傘かけてくれた人には見えなかった」
と言って、大地にまた笑いかける。
「歌ってるときの大地くんと、今私の目の前にいる大地くんは、別の人みたい。でも声は同じだね。なんか優しい声っていうか……」
れんは、大地に向かって微笑んだ。大地は、れんの笑顔だけでおなかいっぱいになりそうだった。大地は照れている自分をれんに見透かされたくなくて、ポーカーフェイスを気取った。
「嫌いなものない? フォカッチャとクロワッサンと塩パンのホットドッグ。無理しないでね?」
と大地を下から覗き込むようにして言って、れんは大地におしぼりを差し出した。保温性のあるスープカップを二つ。ミネストローネらしい。ペットボトルの水を二つ。
「コーヒーもあるからね。食べよ?」
いただきまーすと、れんは両手をあわせている。ペーパーナプキンにフォカッチャをのせて、
「はい」
と大地に手渡す。またとびきりの笑顔付きで。大地は、恋に落ちた。落ちずにはいられないくらい、可愛かった。れんは、出会いを楽しんでいる様子だ。大地は恋に落ちた余韻にひたりつつ、すでに今後のことを考え始めていた。どうやって、れんを振り向かせるか……。
ようやく、プロローグとなりそうだ。物語の行方を占うように、近くの教会から鐘の音が聞こえる。うっすらと、讃美歌が周波数にのって、二人を包んだ。