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シートベルトを付けていれば…生死を彷徨う大事故で得た教訓

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、佐分利篤志氏の書籍『アテンション・プリーズ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

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シートベルトは忘れずに

ジャカルタの病院で私はすぐに縫合手術をされました。その手術のやり方は、仮縫い?はそのまま、麻酔もせずに一気に縫合されたのです。合計で七十針ほどだったと思いますが、その際の痛さは相当なものでした。

担当した医師に聞いたところ、「化膿の心配はない。麻酔をすると傷の回復が遅くなるので使わなかった」と教えてくれました。

そのほかの傷の手当もすぐに終わったものの、「舌」の中ほどに幅三センチ、深さ五ミリくらいの切り傷があったのに、これには何の手当もされませんでした。

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その頃から「舌」が通常の三倍ほど、口の中に収まらないくらいに腫れあがり、自由に会話することはもちろん、食事も水分も摂れない状況となってしまいました。しかし、三日後には何とか牛乳が飲めるようになり、一週間後には何とか腫れもおさまり、おかゆ程度の食事もできるようになったという次第です。

そのときになって初めて、私が気絶している間にどのようなことが起こっていたか、されようとしていたか、付き添っていた日本人担当者から聞くことができました。

それによりますと、プルアカルタの病院に運ばれる前後から約三時間、私は相当苦しがっていたようで、それを見た工事事務所の責任者は「これはいかん、内臓を痛めている可能性があるので、すぐにヘリコプターでジャカルタの病院へ運んで手術の手配をしよう」と言われたそうです。

しかしその後私の症状が落ち着いてきたこともあり、「もう少し様子を見よう」ということになって、しばらくして私が目を覚まし、また自己診断の結果を聞いて、ヘリコプターの件は中止したそうです。

このような状況から、私は、外見上は相当苦しんでいたように思われますが、気絶していた約八時間の間、私は非常に心地よい、雲の上に浮かんでいるような感覚を味わいながら、真っ暗なのに強烈にまぶしい光が満ちているというような夢を見ていました。これは「臨死体験」と言われていることとよく似た体験でした。

本格的に気がついたときは体に力は入らないものの、深く熟睡したあとの目覚めのような心地よさを味わっていました。後日聞いたところでは、これは出血多量のためとのことでした。

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