食道、胃、小腸、大腸から形成される消化器官の内壁面に網目状のネットワークを形成する腸管神経と呼ばれる神経系があります。人では数億個もの神経細胞で構成され、脳からの司令がなくても生命の維持に必要な腸管の働きや分泌、血流の調整などさまざまな消化管の機能を自律的に調節することができます。そのため、「第2の脳」とも呼ばれています。
腸管神経と脳には密接な関係があると考えられています。緊張したり、ストレスを受けたりするとお腹が痛くなったりすることがあるかもしれません。これは、脳のストレスが腸に直接働きかけているために起こります。
逆に腸は、消化や吸収だけをおこなっているのではなく、病原菌などと戦う腸管免疫と呼ばれる機構を持っています。病原細菌などの抗原が腸内に入ってくると、これに対して腸管壁に存在する免疫系器官で病原性細菌と戦い、体内への侵入を阻止しています。また、どんなものが侵入してきたのかなどの情報を常に脳に伝達しています。
この脳と腸の繋(つな)がりの間に存在するのが実は腸内細菌であると主張する研究者もいます。腸内細菌叢を整えることで、脳と腸の関係を正常化することができるという考え方です。過敏性腸症候群のマウスを使った実験では、腸内細菌叢に異常があると、脳への信号伝達に異常を起こすことが報告されています。
また、腸ではセロトニンと呼ばれる幸福を感じる物質が多量に生産されていることがわかってきました。特定の腸内細菌叢がこの生産に関与していることも示されています。
広告の後にも続きます
これとは別に、Bacteroides属(バクテロイデス属)を多量に持つグループとそうでないグループの女性たちを被験者とした研究では、Bacteroides属が少ないグループのほうが不安やストレスを感じやすいことも報告されています。この結果からは、特定の菌が少ないから不安を感じにくいのか、不安を感じにくい人がなんらかの理由で特定の菌をたくさん持つようになったのかまではわかりません。しかし、明らかに腸内細菌と腸、そして脳の間に強い結びつきがあることを示しています。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 微生物の話』
著者:山形洋平 日本文芸社刊
執筆者プロフィール
1961年生まれ。東京農工大学農学部農芸化学科卒業。東北大学大学院農学研究科農芸化学専攻(博士課程後期)修了。東北大学農学部助手、東京農工大学共生科学研究院准教授、東京農工大学大学院農学研究院准教授を経て、現在は東京農工大学大学院農学研究院教授。農学博士。趣味は、醗酵食品の食べ歩きと醸造飲料の飲み歩き。