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「フェイクニュースに踊らされず、勝手な想像に留めない」ジャーナリストが見た生のウクライナ情勢―藤原亮司氏インタビュー

Game*Spark

「フェイクニュースに踊らされず、勝手な想像に留めない」ジャーナリストが見た生のウクライナ情勢―藤原亮司氏インタビュー

2月24日のロシア軍の侵攻で始まり、現在も続いているウクライナでの戦争。そのウクライナを含めポーランド、チェコといった東欧諸国は、2000年代以降ゲーム開発事業に力を入れています。世界的なヒットタイトルも多々出ているだけに、ゲーム愛好家にとっても決して他人事ではなく、この戦争のために事業の中断を余儀なくされたゲームデベロッパーは数々あります。東欧諸国で多く開発されてきたミリタリーFPSで描かれるような事態、さらにそれを上回る破壊と殺戮がウクライナで起きてしまっていることにいたっては、まさに悪夢のような出来事であり、悲劇としか言いようがありません。

そんなウクライナに赴き、現地の状況をつぶさに見てきたジャーナリスト・藤原亮司氏にインタビューする機会を得ました。2016年、ロシア側からのドンバス戦争取材に続き、今回は3月初旬からウクライナに入り、主としてリヴィウ(ルヴォフ)およびキーウ(キエフ)とその周辺地域の人々の様子を見てきたとのこと。

ゲームを通じてウクライナや周辺諸国に関心を抱き、また今回の戦争に関連して伝えられるさまざまな情報や見解に接しているであろう読者のみなさんが、それら情報や見解をどう見、どう理解すべきなのか。そのためのヒントを、現地と、現にそこに生きる人々を見てきたジャーナリストの生の言葉から受け取ることができれば、と思います。

藤原亮司氏 略歴
1967年大阪生まれ。ジャパンプレス所属。1998年より継続的にパレスチナ・イスラエルおよび周辺国においてパレスチナ問題の取材を続ける。ほかに、シリア、ウクライナ、レバノン、イラク、アフガニスタン、バルカン半島ほか、主にイスラーム圏諸国における紛争や抑圧下で生きる人々を取材。国内では在日コリアン、原発事故及び震災に関わる人々の生活風景を記録している。
著書に「ガザの空の下 それでも明日は来るし人は生きる」、安田純平氏との共著「戦争取材と自己責任」(ともにdZERO刊)

5月20日には東京・武蔵野公会堂で現地取材の報告会も開催される。



【編集部より】
これまでGame*Sparkでは、ゲーム業界とも古くから縁が深いロシアとウクライナのデベロッパーのメールインタビューをまとめた連載「戦時下のゲームデベロッパーたち」や、戦争に直接起因するニュースなどを多数お伝えしてきています。そうした発信を続ける中で、現地を取材してきたジャーナリストをインタビューするという貴重な縁に恵まれ、編集部でも熟議の上、無理にゲームと絡められなくてもぜひ掲載しようという判断をしました。

インタビューでは当初の想定通り、直接的にゲームと関連する内容はそこまでありませんが、虐殺の情報などセンシティブな内容を含め現地の状況がつぶさにまとめられており、一般のウクライナ人がどう思っているのかも藤原氏の取材を通じた経験が語られています。わざわざゲームメディアで載せる必要はないという指摘もあるかもしれませんが、戦争によって何がどうなっているのか、現地の取材を通じて知ることはゲーマーにとっても決して無駄なことではないと思います。

3時間にわたるインタビューをまとめているため、長大なボリュームとなっていますが、ぜひ興味のある方はご覧いただければ幸いです。


ロシアとウクライナ:続けられてきたロシアの戦争
――本日はよろしくお願いします。ロシアとウクライナの間で今起きていることを聞くにつけ、ウクライナを代表するゲームメーカーGSC Game Worldの出世作である『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』(2007年)の設定やストーリーラインを思い出さざるを得ません。そこで敵として描かれたのは過去の、いわば“旧ソ連的な何か”だとは思いますが「いい加減ウクライナを放っておいてくれ」という、叫びにも似た強いメッセージ性が印象に残っています。

藤原亮司氏(以下、藤原):そのゲームのことは全然知りませんが、ウクライナは2004年にオレンジ革命(※)があり、そこからソ連、ロシアの軛(くびき)から離れたいという意識が高まっていったので、2007年に開発されたのであれば、そういう時代背景があったんじゃないかという気がします。

※2004年の大統領選挙で親ロシア派のヤヌコーヴィチの当選がアナウンスされたことに対し、親EU派のユシチェンコの支持者たちを中心に選挙の不正を訴える声が高まって、最終的に選挙がやり直しに。あらためて親EU派のユシチェンコが大統領となる。なお、オレンジはユシチェンコ派のシンボルカラー。
――今回のロシアによる侵攻も、ある意味この文脈に乗った出来事なのかな、という気がします。ロシアというよりプーチンの意思に、またも飲み込まれようとしているウクライナ、という意味でですが。

藤原:一つ違うなと思うのは、そのゲームでは、ロシアの考え方と思われるものに、自身の意志で攻撃を加える選択肢があったことになると思うのですが、今回の場合、あくまでロシアの側が一方的に侵攻して、ウクライナには選択肢すら与えられず、戦争に巻き込まれていったという点です。そこは、単純に比較していいものかなという疑問はあります。

――そこはその通りですね。とはいえ、今回の侵攻の前段に当たる話として、2014年のクリミア併合があって、西側諸国がこのときのロシアの動きを看過したというところがあると思います。その意味で、ずっと続いている関係性の問題はあるだろう、と。

藤原:もっと言えば2011年から始まったシリア内戦ですね。内戦とは言われていますが、あれもカッコをつけないといけない「内戦」で、シリアの独裁者が自分たちの権力維持のために、民衆を抑え込んだことから始まっています。


それにイランとかロシアが介入していった。ロシアが市民を銃撃したり空爆したり、さんざんやったにもかかわらず、西側諸国はそれに対して何もできなかった。

もっとさかのぼればロシアのチェチェン侵攻のときにも、そうした物事の兆し的なことがありました。シリア内戦のときに自分たちは徹底的にやったけど、国際社会から関与されなかったことで、「あ、これはやってもいいんだ。欧米は何も言えないんだ」という手ごたえを、ロシアに感じさせてしまった。

――良くない意味での学習をしてしまった、と。

藤原:その流れと並行であったのが、クリミア半島であったり、ドネツク、ルハンスク(ルガンスク)――ドンバス地方で、勝手に人民共和国を作り、ロシア軍が兵力を送って一方的な独立をさせたことですね。

――いわゆるドンバス戦争のタイミングでのお話ですね。

藤原:そうです。2012年にロシア軍の大量リストラがありまして、そこで余った人員が民間軍事組織なんかに雇われて、主にお金が欲しい人たちはシリアに行ったといわれています。ワグナーグループとか、その手の人たちですね。旧ソ連の復興というか、大ロシア主義を目指す思想的なものを持っていた人たちは、ドネツクやルハンスクに行ってそこの軍と合流したといわれていますね。

――ドネツク、ルハンスクそのものは、もともとロシア系住民が多いわけですが、内発的に分離独立が起きるかというと、どうもそうではなさそうだと伝えられていますよね。むしろロシアの意向を受けた人々が入っていって起こした騒ぎではないのかと。

藤原:2016年にドネツクに取材に行きましたが、そのときはロシア側からの取材でした。ロシア系住民や、ロシアから合流してきた軍人たちの取材や、現地で被害を受けているという人の取材もしました。もちろん、民族間の軋轢だとか行政に対する不満だとか、あることはあるけれども、大規模な抑圧や虐殺が行われているという証言には、たどり着けなかったですね。

ロシア系住民が暮らす集合住宅にも散発的に攻撃があって、その跡に行って住民の話を聞いたんですが、その攻撃がロシア系住民のドネツク部隊やロシア軍によるものなのか、あるいはウクライナ側によるものなのか、確証を取りようがないのが現実でした。

そこに住んでいる人にインタビューして証言を取ろうにも、ロシア側支配地域に住んでいる人が、「ドネツク人民共和国」やロシアに対して批判めいたことを言えるわけがない。証言としては曖昧なものしか取れないわけです。

ロシアが今回の侵攻の理由付けとしているロシア系住民の虐殺とか、そんな大規模なものに繋がるような確証は、まったく得られないままでしたね。

――それは差し当たり、2016年のドネツク取材の結論と考えてよいですか?

藤原:そう感じています。今回はキーウまでしか行っていないですが、そのドネツク取材のときの感触がありましたので、去年の年末くらいからロシアがウクライナ侵攻を画策しているような動きがあったときも、ロシアが言っている、ロシア系ウクライナ人に対する虐殺や抑圧という話は、眉唾ものだなと考えざるを得なかったわけです。

真っ暗な市街地、意外に落ち着いた戦時体制
――今回はリヴィウとキーウに行かれたそうですね。帰国の途に就く頃までには、キーウはだいぶ日常を取り戻せていたのでしょうか?

藤原:3月5日に西部のリヴィウに入ってまる二週間、その後キーウに移動して二週間半ほど現地にいました。キーウを出たのは4月6日ですね。ブチャが解放されたのが4月1日あたり、4月4日から開戦以降は販売が禁止されていた酒が売れるようになったんですけど、それまで飲食店や商店はほとんど開いていなくて車も少なかったんですね。イルピン、ブチャが解放された頃から、ちょっと人通りが増えたな、という印象がありました。

キーウの中心部には会社とかが多いので、戦闘が最も激しかった3月後半あたりはどこを見ても店が閉まっていたわけですが、もっと周辺部、5~7km離れた郊外の住宅地になると昼間でもわりと人が歩いていて、小売店なんかも開いていたりしましたね。

――ちなみに電気は普通に使えるのでしょうか?

藤原:攻撃されていない場所では普通に使えました。ただ、キーウの市街中心部は灯火管制をやっていて、3月中はどこにも灯りがなくて真っ暗でした。ホテルの部屋も、夜になったらカーテンを閉めるように言われていましたので。オフィス街だから真っ暗ということもあるんでしょうけど、4月2日か3日になったとき、いつものように寝る前にホテルの屋上でタバコを喫っていると、ポツポツ灯りが点き出したことに気付きました。その数がだんだん多くなっていって、帰る直前にはまあまあ灯りが見えるようになったという感じです。

――食料が不足しているといった状況でもないのでしょうか?日本人からすると、戦争といえば例えば「火垂るの墓」のような、食べるものだけでなく何もかも欠乏するイメージを抱いてしまいますが……。

藤原:スーパーにはそれなりに食料がありました。ただ、道がスムースではなくなって流通が滞っていたのか、生野菜や牛乳は一時少ないときがありましたね。ハムとかの加工食品は輸入品も含めて、やたらとありました。加工品はいくらでも遠くから持ってこられるからだと思いますけど。

物価がバカ高くもならなかったですし、非常に秩序のある中で戦時体制が敷かれていましたね。チェックポイント(検問所)はものすごい渋滞になるんですけど、そこで割り込んでトラブルが起こることもなく、冷静に秩序立った暮らしが続いていた印象です。

――侵攻そのものの質問に戻りますが、ロシア側が主張する「在留邦人の保護」という名目は、非常にポピュラーな開戦の理由付けだけに、今回もなんというか通り一遍な印象もあり、そもそもどう受け取ったものかという話ですよね。

さきほどのお話のとおり、ジョージ・ブッシュ・Jrがやってしまったイラク戦争に関わる嘘に関連して、アメリカが非常に動きづらいタイミングでロシアが次々に行った武力侵攻が、国際社会で看過されてきた。それが悪い意味での学習として積み上げられてしまった結果なんだろうというか。

藤原:シリアで政府軍が反対派の支配地域の住民に対して化学兵器を使ったとき、アメリカとイギリスが軍事介入しようかという状況に一瞬なったのですが、結局、世論の反対に遭って軍事介入しなかったわけです。

――実際、当時のオバマ大統領が(化学兵器の使用に対する)レッドライン発言をしているんですよね。

藤原:はい。オバマ大統領はもちろん自身の発言どおり、シリアへの軍事介入について議会に諮ったわけですが、そこで反対に遭って。それによってシリアの人たちは「俺たちは国際社会に見捨てられたんだ」という絶望感を抱いたことは間違いありません。シリア内戦時の反体制派側には穏健派からアルカイダ系までいろんな部隊、さまざまな外国人がいたわけですが、反体制派側の人たちが自分たちの身を守る方法を探したときに、強い部隊はアルカイダ系やイスラム国の前身組織だから、シリア人の反体制派が合流したことでそれらの組織は急速に勢力を伸ばした。シリア人たちが思想的にアルカイダやISに傾倒していったからではないんです。

――アサド政権のほうが怖かったと。

藤原:シリア政府軍側が化学兵器を使ったり、空爆を繰り返したりしたとき、現地の反体制派側で救出活動をしている人たちを中心に、SNSで映像がいっぱい上がったわけです。それらについて、ロシアがわざと信頼性を落とすようなフェイクニュースを作って流す。「スプートニク」や「RT」といったロシアの国営系メディアでもそうですし、欧米やカナダなどをはじめ、各国でおおぜいのインフルエンサーを使ってSNSでフェイクニュースを流させて、実際にあった救出劇を、すっかりフェイクニュースとして浸透させてしまうわけです。のちにAFP通信などが検証して、ようやくその一部は疑いが晴れるといった具合ですね。

同じようなことを、ロシアはシリアであの手この手を使ってやり、それに騙される人が多いという手応えを得ている。だから今回のウクライナ侵攻でも、同じようなことをやってきています。

――なるほど、そういう意味でもシリアから営々と続くロシアの手口なんだと。

<cms-pagelink data-page="2" data-class="center">隠された真実…それは本当に真実?</cms-pagelink>

アゾフ大隊=ネオナチ=バンデーラ主義???
藤原:ウクライナについても、ロシアは例えばネオナチの存在についてフェイクニュースを流せば、一定の人間は信じると考えているわけです。

――歴史上の話として、ステパン・バンデーラ(※)個人がどうだったかと言うなら、いろいろ議論すべきことはあるでしょうけど、彼に肯定的な一面を見出すウクライナの民族主義者たちがことごとく過激で危険かというと、それは信じがたい。

※1909-1959。近年ウクライナで肯定的な再評価がなされている、ウクライナ民族解放運動の指導者。彼個人がときにユダヤ系住民に対する排斥的な発言をしており、また、彼を支持する運動の一派が第二次世界大戦でナチスドイツに協力したという一面もあって、ロシアがウクライナの民族主義者をネオナチ扱いする一つの根拠となっている。
藤原:例えば「アゾフ大隊」なんかをネオナチとかバンデーラ主義者だと言うのは、あくまでロシアの言い分なんですね。あの人たちは元々フーリガンだとか、やや過激な愛国主義者ではあるけれど、ナチ信奉者を多く含んだ集団というわけではなかった。

彼らがアゾフ大隊を作ったときには、そうしたはぐれ者たちも入っていたんですが、その後内務省傘下の部隊になってからは、思想的にイカレている奴だとかあまりにも暴力的な奴だとかは排除しろという命令が出て、部隊の規律は一般的な部隊に近づいていったとされています。

内務省傘下に入って一定の時期からのアゾフ大隊が、そんなに過激な部隊であったということは、もはや証明するほうが難しいんですね。

――ええと、内務省傘下と聞くと、むしろ警察的、治安維持部隊的な色彩があるのではないかと、気になってしまう部分もあるのですが。

藤原:いえ、そこは旧共産圏によくある国境警備隊や警察軍など、国防省系でない軍隊であるというだけですね。治安維持的な意味はまったくないです。

――なるほど、後ろ暗い組織などではなく、昔ちょっとヤンチャだった準軍事組織であって、ロシアによって誇張されている部分が大きいのだと。

藤原:ええ。そう見たほうが正しい、見方として間違いがないと思います。ロシアのシリア「内戦」以降の動きを追いかけている側からすると、ロシアの情報操作が巧みであることはよく知られています。杜撰な映像・画像もいっぱい流すんですけど、それもどうもあえて流しているらしい。「フェイクニュースと比べて、私たちの情報は正しいでしょ」と主張するようなやり方をしているんです。

ロシアの「スプートニク」や「RT」が流している情報の分かりづらいところは、5%くらいの嘘を入れるために95%の真実をきっちり書くところなんですね。

――露骨な嘘さえうまく使って信憑性を演出するわけですね。

藤原:今回のウクライナ侵攻で非常に気になるのは、今まで日本でリベラルと言われていた人、戦争に反対で平和主義な人たちこそが、むしろロシアのフェイクニュースを容易く受け入れていることです。

イラク戦争のとき、「大量破壊兵器がある」とアメリカは確かに嘘の情報を介入の理由とし、メディアはそれを流しました。だから西側のメディアなんて信用できないという思考になっていくと、そこに書かれていない情報を求めるわけですね。そのときにロシアなんかから流れてくるニュースを見ると、西側のニュースとほとんど同じ正しい部分はきっちり書かれている。そこにたまに、西側のニュースに載っていない、しかし「非常に重要なこと」に関わる一文が入っている。

だからこれが、今まで書かれてこなかった「隠された真実」じゃないかという考え方をする人が非常に多いんです。

――ああー、ここでも「Webで真実を見付けてしまう人々」が生じるわけですね。

藤原:そういうことですね。自分で情報に当たっていて、平和意識が高い人ほど、騙されてしまうケースがあるわけです。「アメリカの嘘」は疑ってみるものの、「ロシアの嘘」をなぜ疑おうとはしないのだろう。

――ロシアがそういうところを狙って突っ込んでいるかもしれないわけですね。

藤原:そして「スプートニク」や「RT」以外のメディアがこれらを二次情報として使っていくと、出どころが分からなくなります。あそこにもここにも書かれているという既成事実が積み上げられていくわけです。

――情報のローンダリングが完了しちゃうわけですね。

藤原:そして、例えば現在ロシア軍が支配下に置いている地域のロシア系住民に「特別軍事作戦前の状況はどうだったか?」などと聞いたところで、ロシアに批判的なことはしゃべれないわけですから、そこで得た証言なんかをニュースに放り込んでいくと、ますます既成事実が積み重なっていくということになります。

――ウクライナの民間人を捕えているのも、都合の良いことをしゃべらせるためではないかという観測がありますね。今後実際にそういう証言が出てくるかどうかは分からないですけれども。

藤原:例えばロシア軍の支配下になった地域でインタビューしているのが、ロシアでなくて西側のメディアであったとしても、そこにいる人々が真実をしゃべれるわけがないと、ニュースを見る側が理解できていないのが、非常に怖いところです。

例えば、取材しているのはスペインのメディアなのだから、スペイン人の前で嘘をつくわけがないだろうなどと言うわけですけど、ロシア側支配地域で「プーチンなんて死んでしまえ」などと言ったら、スペイン人がいなくなった後、何をされるか分からない。

――ちなみに今回の取材で、それに近い場面に出遭っていますか?

藤原:キーウ周辺はさほどロシア系住民の色が濃くないですからね。そうした話はドンバス地域のほうに行けば聞けるんだと思います。

「コサック」の伝統と内発的な抵抗
――ではあらためて、今回の取材で見たものについて、まとめて伺いたいと思います。リヴィウは西側からの援助の窓口であると同時に、ウクライナから避難する人々のターミナルにもなっていましたよね。3月5日から2週間の滞在となると、かなりの人数がポーランド等に向けて避難していったタイミングだと思いますが。

藤原:本当にそのピークの時期だったと思います。ポーランドからウクライナに取材に入ったタイミングでの、ウクライナからポーランドに向かう難民の行列がすごくてですね、道路はもう乗り捨てられた車だらけです。

車だと何時間かかるか分からないので、歩いてポーランドに向かう女性と子供だけの難民の集団というのを、道中常に見かけました。

――18歳から60歳までの男性は国内に留まるようウクライナ政府から命令があったとのことですが、避難していくのは実際に女性や子供が多かったということですね。

藤原:女性、子供、あるいは老人がほとんどですね。18歳から60歳までの男性を難民の中に見かけることは、まずありませんでした。

よく、開戦当初から日本では、テレビのコメンテーターや一部の専門家、またはリベラルな人たちからも「ゼレンスキー大統領がロシアに降伏して国民の生命を守ったほうがよい」という言論を耳にしましたが、これは第二次世界大戦時の日本が「お国のために」「一億火の玉」だとか「国防婦人会」といった形で体験したような同調圧力が、ウクライナの中にもあるのではないかということを連想しているのだと思います。ですが、私が現地を見る限り、同調圧力といえるものはいっさい見かけませんでした。

軍に志願したり、地域防衛隊に参加したりしてロシアに抵抗するという人もいれば、自分はそういうことはできないので、援助物資の仕分けとか、食料品の配布とかいったボランティアをする人もいる。火炎瓶を作る人もいれば、軍用車両をカバーする迷彩ネットみたいなものを作る人もいて、いろいろです。

――なるほど、若い男性でも直接戦いに参加するばかりではない、と。

藤原:だからといって、国外や安全な地方に避難する人々に対する批判めいた言葉は、そうした人々からいっさい出ていない。で、何もしないというのも選択肢の一つであって、自分は逃げもしないし、何か積極的に協力するわけでもないという人もいます。だからといって、そういう人に対する文句も聞こえてこない。

実際にキーウで話を聞いた50代の男性が、開戦以来何もしないという人でした。その人の思いとしては「俺は何もしない、何もせずにキーウにいる。それが俺の抵抗のやり方だ」と言うわけです。今までどおりの生活を維持して、キーウから逃げないという。

――それは逆に、こんな戦争なんかで騒いでやるか、という反骨姿勢なのかもしれませんね。

藤原:そうだと思います。政府は男性に国内に留まるよう命令しましたが、やるべきことをあれこれ強制したりはしていない。そもそも「自分の住む街に留まれ」とは言っていないんです。若い男性でも、安全な地方に避難するのは自由なわけで。

一方で、小さな子どもを連れての避難が難しい人もいれば、老齢のために危険であっても町を離れることができない人たちも少なくありません。

――例えば民兵の徴募や動員についてもそうなのでしょうか?

藤原:ウクライナの場合「地域防衛隊」ということになりますが、これはそれぞれの都市を守る準軍事組織ですね。その中にも、銃を持って街の防衛に当たる部隊もいれば、物流や医療支援をやっている人や、広報をやっている人もいる。地域防衛隊に入るからといって、必ずしも戦うわけでもないんです。

――細かい問題になりますが「地域防衛隊」はいわゆる民兵なのでしょうか? 予備役を動員した正規軍のサブシステムとして説明される場合もあるようですが。

藤原:ああ、そうですね。いわゆる民兵、ミリシアという概念とはちょっと違って、公的な仕組みではあります。

日本人が抵抗というものを考えるとき、やっぱり第二次世界大戦下の「お国のために」という意識の強制をイメージしてしまいがちですが、それは日本人が日本的感覚を勝手にイメージしているだけで、ウクライナの人々にとっては心外な話だと思います。実際、ロシア軍侵攻後にウクライナ軍では徴兵制が再導入されましたが、しかし志願者が多いために徴兵は行なわれていません。

――なるほど……。戦争とか暴力とかいったものの理解が抽象的な水準に留まっていて、イメージや意見がずれたものになりがちなところはありそうですね。

藤原:ウクライナは基本的に「コサック」(※1)の人たちなのであって、その文化を自分たちのルーツとして非常に大事にしているんですね。自分たちが侵攻されたら抵抗するのは当然であると、彼らは思っています。

自分たちがオレンジ革命やマイダン革命(※2)で得た自由の大切さを、彼らは非常によく分かっていて、今の自由に物が言える生活を、ロシアによって昔のような状態に引き戻されたくない。だから守らなければならないという意識はとても強いわけです。

※1 ウクライナのGSC Game Worldの代表作の一つにRTS『Cossacks』(2001~)があり、傭兵として近世ヨーロッパで広く活動したコサック騎兵をモチーフに取り上げていたことも、ゲーム愛好家視点では重要な話かもしれない。

※2 2014年キーウ中央部のユーロマイダン(欧州広場)で発生したデモから始まり、親ロシア派の現職大統領ヤヌコーヴィチの失脚、ロシアへの亡命に到る。2004年憲法の復活、臨時大統領選挙の実施などウクライナの政治情勢がEU寄りに動く大きな契機となるいっぽう、ロシア側が危機感を強め、クリミア併合やドンバス侵攻に繋がったともされる。
――自分たちと自分たちの国土を守る内発的な意識は、もともと強いわけですね。

藤原:ええ、非常に強いと思います。

――ちなみに、比較的最近になって海外メディアが指摘するようになったことですが、ウクライナから国外に避難するに当たって、白人はわりとすんなり通れるのに対して、ほかの国から来たりしてウクライナに滞在していた有色人種は、いろいろ書類を求められたりして煩雑だったなどという話もあるようです。そうした例は見ましたか? テロ警戒等も含めて、やむを得ない扱いだったかどうかが微妙な例ではありますが。

藤原:その報道自体は知っていますが、そうした現場を見てはいないですし、それに関する話を聞いたこともないので、分からないですね。

ただ、戦争が起きている以上どこの国でもスパイ活動に対する警戒は必須ですから、外国人に対して手続きが煩雑になるとか、一時的に別室に連れて行って取り調べがなされるといった状況は、もちろん起こり得ることだと思います。

――想像の域は出ないが、現時点で一般的な取り扱いの範疇を逸脱していると考える根拠もない、ということですかね。

藤原:はい、これ自体は治安対策として当然踏むべき段取りを踏んでいるだけかもしれません。

――国外避難の話に限らないのですが、ウクライナでは電子政府化のプロジェクトが進んでいて、役所での手続きに当たるものはスマホアプリ「Diia」でだいたい片付くので、これが非常時にも役立つなどという報道もありました。実際に避難していく人たちの間で、このスマホアプリが使われているのを見ましたか?

藤原:いや、そのアプリの存在自体は知っていたんですが、例えばチェックポイント(検問所)で自分の身分証を見せるときとか、役所で避難民登録するときとかも、みんな紙でやっていたんですよ。実際使われている場面に遭遇したことがないんですね(笑)。

見かけた人について、高齢者や中高年が多かったからかなあという気もしますけど、かといって若い、二十代半ばの通訳さんとかも、とくに使っていなくて、チェックポイントで紙の証明書を出してましたしね。

――うーん、だとするとちょっと過大に伝えられているのかもしれないですね。ウクライナの電子政府化プロジェクトは、もともと話題の種だっただけに。

藤原:今回の取材では、ロシアへの抵抗に関する政府側の人の見解などは聞いていなくて、主に街場の人々の言葉を男女問わず聞いていました。

女性が大挙して避難して街にいないかというと、そんなこともなくて、女性でもボランティアをやっていたり、地域防衛隊に入っていたり、あるいはとくに何もせずに残っている人たちもたくさんいます。その人たちの声として「自分の祖国は自分で守る、侵略を許したくない」ということは多く耳にしました。ウクライナ政府のスローガン的なものを耳にすることのほうが少なかったですね。

――ウクライナ政府側も、それほど声高に主張していないということですかね?

藤原:たまに街に志願兵募集のポスターが貼られていたりしますが、その程度のものでしたね。それはいたって普通に貼ってあるだけですし。

――だとすると、一般市民から見たときのゼレンスキー大統領の印象も「まあよくやってるよね」くらいの話になるんでしょうか?

藤原:温かい目で見守っているというか、とくに「これこれだからゼレンスキーは素晴らしい」といった賞賛の声もなく、というか。自分たちウクライナ人として、侵略された以上は一市民であろうが大統領であろうが抵抗するのは当たり前なので、よくやっているし、当たり前のことをやっているという感覚だろうと。

――つまり一から十まで自分たちの問題で、そこに大統領も入っているだけ、と。政府に言われたからとか、そういう意識で動いているわけではないし、政府が何かちょっと手違いをしたところで、それをどうにかするのも最初から自分たちだよ、みたいな。

藤原:ウクライナ人であることに対して、それぞれが独自に誇りを持っているという。日本の愛国者というのは、政府を愛することを愛国だと思っているわけですよ。だから政権与党の味方をするのが愛国だし、政権を批判する人たちに対し「反日」と言う。でも愛国というのは本来、自分たちの国土とか歴史とか文化とか暮らしとかを愛するものじゃないですか。

ウクライナ人というのはそのへんをよく分かっていて、自分たちの生活や文化や歴史を守ることが愛国だという感覚をちゃんと持っている。もともと共産圏の一部だった彼らが、なぜそういうものを持てるようになったかというと、2000年代の二度の革命で、自分たちで自由な環境を勝ち取ったからだという風に思いますね。

――有効性感覚の問題というか、自分たちの運命を現に自分たちで決めてきたという経緯が、今後ともそうすべきだという意識に繋がっているわけですね。
革命が重要な契機だとすると、親ロシアと反ロシアで揺れてきたウクライナにとって、NATO加盟は賛否や実現可能性の評価が分かれるテーマだと思いますが、実際のところウクライナの人々がどう考えていたのか、何か聞けたお話はありますか?

藤原:今回ロシアによる侵攻後のウクライナしか見ていないので、そこはちょっと分からないですね。ただ、現に侵攻が行われた今となっては「ロシアに対して無防備であることは恐ろしい」とは考えていますよね。
そのためにNATOに正式に加盟するのか、あるいは間接的な影響下にいたほうがいいのかという問題はあると思いますが、NATOの庇護をまるで受けずに中立でいるという選択肢はもうない、というところだと思います。

――それはそうならざるを得ないでしょうね。ところで先ほど地域防衛隊のところで物資の仕分けや医療支援といった話題が出ましたが、実際に個々人がどういう形でロシアに対する抵抗に参加しているか、見てきた範囲で教えてください。

藤原:先ほども少し触れましたが、戦争が起きてからウクライナには禁酒令が出ています。そこで売れるもののなくなったビール工場の人たちが「自分たちには瓶とアルコールがあるので」と言って、火炎瓶を作っているわけです。従業員に強制してやらせているわけではなく、有志を募ってやりたい人だけでやっている。3月の前半から半ば、リヴィウのその工場で聞いた話では、1日2000本くらい作っていると。

火炎瓶を作っている人はいろんなところにいるのですが、火炎瓶なんかでこの戦争で主に用いられているような戦車や装甲車と戦えるわけがないんですね。それでもやるのは「自分たちは火炎瓶を作ることで抵抗を続けるんだ」という証としてやっているんだと思うんですね。最悪火炎瓶しかなくなっても、自分たちは抵抗するんだという意志の表れだと感じました。

――その話は確かにリアルですね。瓶とアルコールでも、医療用に提供するとかではないと。

藤原:あとは鉄工所というか、キッチン用品なんかを作っている町工場ですけど、そこでは軍用車両を足止めするための障害物を作ったり、タイヤをパンクさせるための撒き菱みたいなの、手榴弾に付けるアタッチメントや、止血帯を作ったりして、それを軍に送っているという例もありました。軍から頼まれて始めたわけではなく、最初は自分たちで始めて、最終的に軍に納入するようになったそうです。それぞれの立場で、やれることをやっている感じですね。

――(写真を見せてもらいつつ)ああ、鉄道のレールを溶接して作る対戦車障害物のいわばタイニー版なんですね、これは。スチール家具用の薄手のL字鋼で作ってあるんだ……。装輪装甲車なら、これでも効くのかな?

藤原:自宅の地下室を避難所として貸している人もいましたし、もう少し広い劇場や学校といった施設も、避難してきた人のために開放されていました。

――地下シェルターについては日本国内での報道でもけっこう触れられていますが、やはりウクライナではポピュラーな存在なのでしょうか? 駅や公共施設にあるという話はしばしば聞きますが。

藤原:集合住宅や大きめのビルにはよくあって、大小さまざまですね。日本で言う団地みたいな建物にも地下室があったりします。

ああ、それと自分のやり方でロシアに抵抗しているという文脈で言うと、ハッカーの人たちにも取材しました。

<cms-pagelink data-page="3" data-class="center">武力攻撃以外でも繰り広げられていた“戦争”</cms-pagelink>

ロシアのハイブリッド戦術はおおむね阻止された?

――サイバー戦争というか、いわゆるハイブリッド戦争としての側面ですね。

藤原:ロシアへのサイバー攻撃を行なっているという、二十代前半の若者にも取材をしました。元々はプログラミングや打ち込み系の音楽を作ったりしていたお兄ちゃんたちだったわけですけど、自分たちのコンピュータのスキルを活かして、侵攻が始まってからロシアの企業だとか、フェイクニュースを流すサイトをダウンさせていくというようなことをやって「これが自分たちが得意な技術を活かしてできる、ロシアへの抵抗だ」と。

彼らがターゲットにしているのは、ロシアに限らずアジアとかいろんな国にあるサーバーで、それを潰していくという。

――フェイクニュースの発出は別として、例えばウクライナの生活インフラや国家の機能を狙うようなサイバー攻撃は、予想に反して低調なようですね。それはなぜだと思われますか?

藤原:いや、ロシアはそれもやったんじゃないんでしょうか? 2月24日にウクライナに侵攻を始めるときに、ロシアはまず空爆をしてウクライナの対空攻撃能力を削ごうとしたわけですが、うまくいかなかったわけですし。

ウクライナ国内の軍事関連のシステムを、サイバー攻撃でどんどん潰そうとしたんだろうけど、ウクライナ側もそれに対抗したので、潰しきれなかったから対空兵器や基地が残ったんだと思うんですね。ハッカーたちに聞くところでは。

――ロシア側としては防空システムに関してサイバー攻撃の成果をかなり当て込んでいたけど、うまくいかなかった、という可能性があるわけですね。

藤原:ハッカーである彼らが言うには「ロシアとの戦争は物理的に兵器を使った2022年2月24日に始まったものじゃない」と。サイバー空間では、ロシアはウクライナに対して何年も前からずっと攻撃を仕掛けていて、その延長線上にあるのが今回の軍事侵攻だと。

だから、サイバー攻撃は今も続いているし、自分たちは今もそれに反撃を仕掛けているのだ、という話でした。

――物理的な戦争もドンバス地域では続いていましたし、それは別におかしな話ではないかもしれませんね。ちなみにサイバー戦争の近縁ジャンルとして、今回の戦争ではドローンの活用がかなり話題に上っていますが、現地でのドローンの運用について、何か見たり聞いたりしたことはありますか?

藤原:いや、見られなかったですね。例えばドローンの訓練なんかも取材したかったんですが、軍事機密ですからね。

キーウから35kmくらい東側の街ブルバリーで、ロシアの戦車隊がやられた映像が広く知られていますが、あれはドローンで撮っていますしね。偵察ドローンだけじゃなくて、攻撃ドローンも多用されています。ドローン自体は、シリアやイラクでも多用されていますし、例えばイスラエル軍はガザ攻撃に使っていますから。

取材できたものとできなかったもの
――生々しい話になりますが、実際の戦闘や、ウクライナ軍、ロシア軍の作戦行動は取材しましたか? それとウクライナ国内で実際にロシア軍の攻撃を受けた地域を見たかどうかについてですが。

藤原:今回ウクライナ軍は作戦行動にメディアを同行させるようなことはいっさいしませんでしたので、戦闘自体は見ていません。もちろん、ロシア軍の姿もです。

――ではウクライナ側に外国人義勇兵がいたかどうかについてはどうですか?

藤原:リヴィウにもキーウにも見かけました。彼らは正体を明かしませんがホテルに泊まっていたり、道を歩いていたりすると普通に会いますね。

――それはウクライナ軍の統率の下にいるという形でしょうか? あるいはPMC(民間軍事会社)や傭兵部隊として、彼らだけでまとまって戦闘に参加したりすることもある形なのでしょうか?

藤原:ウクライナ軍に入って、その指揮下で動く形だと思います。徴募事務所もあって、そこは軍によって管理されていますので、独自に動くことはできないはずです。

PMCは入っていないと思いますね。PMCが動くまでもなく、ウクライナには各国の軍事顧問や特殊部隊が入っていますから、PMCが動く余地はないと思います。

――少なくとも2014年以降は、武器の供与に伴って各国から軍事顧問が入っているはずですよね。

藤原:携行対戦車ミサイル「ジャベリン」にしても、携行対空ミサイル「スティンガー」にしても、教えないことには使えないですからね。NATOの正規軍は入っていなくても、軍事顧問はもともといっぱい入ってきていたわけです。

――軍事顧問はあくまで教官で、個人で集まってきて前線に出る外国人義勇兵とは別のはず、という認識で正しいでしょうか。

藤原:実際のところは分からないですが、もちろん軍事顧問は前線に出ない建て前であるはずです。例えばどこかの国の特殊部隊員が「ウクライナ軍との共同作戦」で前線に出て死亡すれば、NATOに加盟していない現時点では問題になります。個人として参加している外国人義勇兵は前線で戦っているでしょうが。

――なるほど、実際に戦闘に参加する外国人義勇兵はやはり、命令で来たわけではないフリーランスだと。ところで先ほど、ウクライナ軍はメディアをいっさい同行させなかったとのお話でしたが、戦闘自体を目にすることはありましたか?

藤原:いいえ、それはありませんでした。取材に対するウクライナ側の対応はかなりきっちりしていて、キーウ周辺でロシア軍が攻め入ったところも、戦闘が続いている間、メディアはいっさい入れませんでした。

戦闘が終わってウクライナ軍が取り返したタイミングで、ウクライナ軍に従って取材に行けるメディアは、初日がBBC、CNN、AP通信、二日目はアルジャジーラ、ロイターなどと決まっていて、三日目になるとスペインやオランダのテレビ局などヨーロッパのほかのメディアや、我々だとかも入っていっていいよ、という感じなんですよ。

だから、良い意味でも悪い意味でもすごく管理されていて、戦闘地域を自由に取材できた外国メディアはないはずです。戦闘場面の写真や映像はすべて、ウクライナ側から出たものですね。

――提供映像だ、ということですね。だからといって後ろ暗いところがあるというわけではないんでしょうけど。

藤原:軍が戦闘をしている地域にメディアを入れるのは治安上問題だし、部隊の作戦行動にも支障をきたしかねません。

仮に従軍できたとしても、相手は強大な装備を持つロシア軍なので危険すぎます。銃撃戦の現場には僕も何度も入ったことがありますが、それは危なくない……というか、「気を付けよう」があるんですよ。でも砲撃戦とか空爆とかは、もう避けようがない。そういうことをやっている現場には、やはり兵士以外の人間は連れて行けないですね。

――例えば中東の内戦などで生じた戦闘地域にメディアが入れてしまうのは、お互い何も管理していないから、ということなんでしょうか?

藤原:それもありますし、現地勢力が見せたい、つまり勝っている戦いだとか、そういう条件もあります。そうしたときは従軍できますけど、負けていたり、勢力が拮抗していたりする戦場は安全を確保しようがないので従軍はできないですね。

――そう考えると今回、ウクライナ側が安心して宣伝に使えるような戦闘は、そうそうなかろうという話ですね。

藤原:ロシア側の機甲部隊をジャベリンで攻撃したような映像は効果があったでしょうけど、あれもやはりウクライナ軍自身が撮ったものを資料映像として提供しています。

――同行取材を許可できるほど安全な場面ではないのだ、ということなのか。そりゃ「RPG-7」みたいな対戦車ロケット弾よりはいいでしょうけど、戦車からの弾が余裕で届く距離から使わざるを得ない点は変わらないわけで。

藤原:キーウ北部は森林が多かったりするので、地形を活かせばジャベリンも非常に有効に使えた、ということなんでしょうね。上からの軌道で攻撃できますし。

――ベラルーシからの一本道でロシア軍の車列が泥濘を避けていて……といった報道もありますけど、作戦的な側面と、実際のところウクライナ軍側が被った損害については、事態が一段落するまで詳しい情報は出てこないんでしょうね。それらについて、現地では何か情報を耳にしましたか?

藤原:いや、耳にしていないですね。ウクライナ軍の損害について公表されている数字があるとしても、正しいものかどうかは分からないですね。正確な数字は公表できない、というところだと思います。病院取材もしようと思ったんですが、規制がめちゃくちゃ厳しくて。プレスカードを取っただけでは駄目で、別途保健省からの許可証が必要なんですけど、これがまあ下りない。要は負傷兵とかを見せたくないんだと思います。

――それはほかの国でもだいたい同じような感じなんでしょうか?

藤原:いや、必ずしもそうではないと思うんですけど、こんなヨーロッパの、社会システムが高度に整った国での戦争というのはあまりないですからね。

負傷者の映像を、敵側に効果的に使われてしまう懸念がありますし。ロシアは情報戦を仕掛けてくるので、そのあたりはデリケートなんだと思いますね。

――なるほど、どうかするとウクライナ側が何かを隠している……という見方に繋がりかねないだけに、微妙な論点ではありますね。

<cms-pagelink data-page="4" data-class="center">いつも犠牲になるのは市井の人々だ</cms-pagelink>

ロシア軍の無差別攻撃と民間人虐殺
藤原:実際にロシア軍の攻撃を受けた場所としては、キーウ中心街から20~25kmほど離れた、ブチャとイルピンの状況を見ました。ブチャでは日本でもニュースになったように、多くの住民が殺害されました。取材に行った時点で四百数十人の虐殺が確認されていましたが、その後集団墓地が見つかったりして、確認された犠牲者の数はもっと増えているはずです。

撃たれた後にガソリンをかけられて燃やされた、家族と思われる六人のご遺体は見ましたし、撮影しました。

――やはり、ただの巻き添えなどではないように見えましたか?

藤原:警察当局によると、焼かれる前に全員が撃たれているとのことでした。銃撃戦に巻き込まれたのではなく、一人ひとり撃たれ、処刑されたのだと。

――場所や部隊によってさまざまではあるかもしれないですが、とにかく殺す必要のないはずの民間人を殺しているのは確実ということですね。

藤原:まあ、そうですね。ブチャに限らず、もっとキーウに近い市街地にもときどき砲弾やミサイルが撃ち込まれるんですが、そこは集合住宅だったり普通の住宅だったりで、周りに工場や軍事施設などない。そういうところを無差別に攻撃しているので、恐怖心を与えるためとか、被害を与えるためという以外に、目的はまったくないはずです。

――無差別攻撃をしてみせるのが目的だと。

藤原:そういうことになります。ブチャなどロシア軍に支配された町では遠方からの攻撃ではなく、歩兵がやっていることですから。また遠方からの砲撃やミサイル攻撃は、市街地の住宅地に落としているわけです。

――報道を聞く限り、民族主義者だと疑いをかけた後に殺しているとか、いやいや自転車に乗っていた老人をそのまま射殺した例があるとか、だいぶ無秩序な疑いがありますよね。

藤原:ドンバスなど東部や南部とキーウ周辺では状況は違うのかもしれませんが、少なくともブチャでは逐一尋問して、その人の素性を明らかにしてから殺すなどということは、やっていないと見るほかないです。

どのタイミング、どのような意図で虐殺を始めたかはもちろん分かりませんし、今後検証されていくかと思います。しかしロシア軍は当初、数日のうちにキーウに進軍していけると考えていたようなので、その目論見が狂った時点で住民の扱いについて「判断」があったのかと思います。

――ただ裏を返すと、ならばそんなところでわざわざ国際法上の非戦闘員を殺傷して騒ぎを起こさなくてもいいはずだとも、言えるには言えますよね? 略奪目的だとか、民族間の怨恨が動機になっていたりするなら、おのずと生じてしまうこともあると思いますが。ロシア軍にとってウクライナの市民を殺傷することにどんな価値があるんでしょう?

藤原:例えばですが、自分たちがもっとキーウの中心部に近づいていったときに、後方に敵性人物が残っていたら通報されるかもしれないですよね。

――すごく非常識だけれど、シンプルな「掃討」作戦であることもあり得ると。例えば恐怖を植え付けることで、ウクライナ市民に抵抗をやめさせる狙いがあったかもしれないということでしょうか。

藤原:抵抗をやめさせる狙いがあったかどうかは分かりませんが、恐怖を与えるという意味合いはあったと思います。

それと、ブチャのほうからキーウに進軍した部隊は、家々を回って「軽油やガソリンを差し出せ」と言っていたんですよ。つまり十分な補給もなかったんですね。最初の数日で侵攻作戦を完了するつもりでいたので、途中からは現地調達するしかなくなったんだと思います。

補給もおぼつかない部隊は士気が下がりますし、統率も取れなくなっていくんだろうなと思いますね。

――作戦継続上必要な略奪まで生じていたと。

藤原:すべての部隊がやっていたかどうかは分かりませんが、少なくとも一部の部隊は略奪や虐殺を行なっていた、ということだと思います。

――そうした事態を含む、この戦争全体が終息するとしたら、出口はどういう形があり得るか、落としどころはどうなると思いますか? ゼレンスキー大統領は10年でもやると発言したそうですが。

藤原:分からないですけど、いちばん分かりやすいのはプーチンの失脚ですよね。プーチンが失脚しないことには退きようがないのではないかと。プーチン自身はターゲットをドンバス地方に変えて、マリウポリ、クリミア半島を結ぶ回廊を作ることを目に見える戦果として、それで初めて退けるんだと思いますけど、ウクライナからしたらみすみす自分の領土を分捕られて負けを認めたことになるので、そこで戦争を終わらせるわけにはいかない。そうなると、どちら側にとっても落としどころがないわけですよ。

長引く惧れがあるとすれば、いったん今の状況で停戦して曖昧なままに問題を先送りするしかないんですけど、そんなことでウクライナが納得できるかというと、そうは思えない。ロシアもプーチンのメンツが潰れないように退くには、プーチン自身がその立場を追われるしかないように思えます。

――本来ならばミンスク合意(※)が守られるか守られないかくらいで、開戦前くらいがたぶんぎりぎりの均衡だったのではないかと思われますが。

※ここでは正確には第二次ミンスク合意。2015年2月、ロシアとウクライナに仲介国のドイツ・フランスを加えて成立した、ウクライナ東部地域での紛争についての合意事項。包括的な停戦やウクライナからの外国部隊の撤退、ウクライナ政府による国境管理の回復などを含むいっぽう、親ロシア派支配地域の幅広い自治権、いわゆる「特別な地位」を追って法で定めることも含まれており、その曖昧さと、ウクライナにとって履行困難な内容が懸念されていた。
藤原:うーん、そうですね。ミンスク合意破ったの、ロシアですけどね。

――ウクライナにおけるミンスク合意の履行、親ロシア派支配地域の扱いについて、ロシアはロシアで納得いかなかった部分はあるんでしょうけど、まあそれで軍事侵攻を始められちゃたまらないよというところですよね。ウクライナにとって簡単に呑める話じゃないことは最初から分かっていたはずですし。

藤原:実際戦争が起きてしまって、ウクライナは西側諸国の支援なしではもはや国を維持することができないことが分かった以上、ミンスク合意に戻りようがないですね。ミンスク合意に代わる、新たな線引きが生まれて初めて、協議の席に着く条件が整うという。


――ウクライナ側の感情としても、今はまだ停戦したいというよりも、追い返したいという気持ちが強い感じでしょうか?

藤原:そうですね。まずはロシアに侵攻を諦めさせ、自分たちが勝つということがあると思います。これだけ多くの人命が奪われ、生活が破壊されたわけですから。私が現地に行って考えを改めさせられたのは、ロシアの政府やプーチンに対する思いには激しいものがあっても、個々のロシア人に対してはさほど憎しみや、負の感情を持っていないんだろうと思っていたんですが、もはや普通のロシア人に対しても、以前のような感情には戻れないという人がたくさんいたことです。いろいろな人に聞きましたが、毎度似たような感じでしたね。

――そう聞くにつけ、どこかで止めないとという話ではあるのですが。

藤原:ロシア人の多くが、プーチンの言説を信じ込んでしまっているというか、ほかの情報が遮断されているので、ロシアの人はロシア国内で流れる情報を信じるしかない状態なんですけど、その状況が改善されない限りは、一般人の良いロシア人もクソもない、という感じでしょうね。ウクライナ人にとっては。

――旧ソ連時代のVOA(※)みたいに、息の長い形で西側からロシア国民に情報を流していくしかないんですかねえ? 「今の時代に?」という気もしますが。

※Voice of America。1942年に始まり、1947年に旧ソ連向けの放送も始まった、アメリカの国営ラジオ放送。娯楽も含めて西側の情報を広汎に伝えることで、旧ソ連における情報の閉鎖性を打破するための、西側による働きかけとしての側面を持っていた。
藤原:そうですね。まあ今の社会では情報は自分から取りに行くじゃないですか? 自分で選んで取りに行くからこそ、その範囲や内容が限られてしまうという部分もありますけどね。

――Game*Sparkでロシアのゲームデベロッパにメールインタビューして、今回の戦争に対する意見を聞いてみたところ、明確に反対の意見表明もあれば、無回答もありました。無回答の中には、賛成も含まれるのだと思いますが。

藤原:そこで反対意見を返してくれたのは、すごく勇気のある人だと思います。メールとか、全部見られていると思いますし。

ウクライナの地下鉄の駅に避難しているお母さんと子供に「お父さんはどうしたの」と聞いてみたんですが、「お父さんはロシアのフェイクニュースを信じ込んでしまって」という答えで、その家族は離れ離れで暮らすことなってしまったんですね。これは切ないなあと。もちろんウクライナ系ウクライナ人の家族ですよ。お父さんのほうはきっと、元々は権力側にいた人なんでしょうね。旧ソ連時代か親ロシア派が有力だった時代に。

――お父さん的には「ウクライナが悪いんだからしょうがない」ってことになるんでしょうか。フェイクニュースも刺さるときは刺さっちゃうんですね。

藤原:まあ、自分なりの大義とか観念とかに寄り添ったものを目の前に提示されると、それに飛びつきますよね。

他人事として時局を語ることの不謹慎さ、当事者性の問題
――では最後になりますが、今回のインタビュー企画を意識したとき、現地で見てきた中でこれは大切だと思ったことについて、ぜひ教えてください。

藤原:そうですね……。ブチャの街に入って行くときに、我々は警察主催のプレスツアーで行くしかなかったわけですけど、先ほど話したようにそのとき六人のご遺体を見たわけです。我々が行く前の夜に発見されて、その場に残されていました。もちろん、見せるために残しているわけですね。

宣伝のためという意味合いももちろんあるんでしょうけど、やはりこうした虐殺があったんだということを、いろんな国のいろんなメディアに記録してもらいたかったんだと思うんですね。

そうした記録を地道に残していかないと、この戦争犯罪がフェイクだデマだということでうやむやにされてしまいされかねないという危機感が、ウクライナの軍や警察にあったんだと思うんですよ。

――宣伝に対するカウンターの宣伝、という構図だけじゃなくて、そこは厳然たる事実として打ち出す必要があるのだ、と?

藤原:西側メディアは虐殺をことさらに取り上げて、ウクライナに贔屓目の報道をやっているという意見もあるんですが、これは残さなければならない記録だと思って、我々ジャーナリストは動いているんですよ。

ロシアにも言い分があるし、ウクライナにも言い分があるしというような「どっちもどっち論」は成り立たない。戦争というのは、どっちにも問題があって経緯があってということを問い出したら、誰もこの戦争を止められなくなってしまうんですね。だけど、これはロシアという強力な国家が、ウクライナに住んでいる無辜の市民を殺害している「殺人事件」です。殺人事件を裁くのに、歴史的背景とか殺人者にも言い分があるとかは、とりあえず語らなくていいはずなんです。

まずは目の前で起きている殺戮をやめさせる。そのためには効果的な宣伝をしながら、報道も使い、自分たちの軍を使って戦って、侵攻を諦めさせないといけない。

でも、報道でもそうですし、インターネット上で交わされる意見も、国際情勢だとか外交問題だとかやれ軍事の話だとか、理屈で、大きな話としてウクライナの人の生き死にを語っているのは、すごく危ういことだと思っています。これは決して大きな話ではなくて、ましてや当事者でもない人間が国際問題の一つ、外交問題の一環としてウクライナ情勢を語ることは、日々その中で暮らしている人々に対しての視点があまりにも軽すぎると思うんですよね。

藤原:ウクライナって誰でも行けるので(※)。ジャーナリストじゃなくても、援助団体の人じゃなくても。みんな行けばいい。このロシアの侵攻に関するウクライナ情勢に一言言いたい人はみんな行けばいい。自分の目で見て空気を感じてから何かを発信しては、という気分になります。

※2022年2月11日以降、日本の外務省はウクライナ全域の「危険情報」をレベル4とし「どのような目的であれ、ウクライナへの渡航は止めてください。また、既に滞在されている方は直ちに退避してください」とアナウンスしている。ウクライナへの渡航について、ここでは個々人の判断を前提にしている点に注意。
――ゲームであれ文学やその他の表現物がきっかけであれウクライナに関心を寄せる人は、とにかく自分の目で見たほうがいいと。

藤原:いくらカタログ上の知識があっても、それは現場に行けば覆されるので。実際にそこに行くことが難しいとしても、自分が分かっているにすぎない範囲の知識で人の生き死にを分かったように語るのは無責任すぎるかと思います。

ロシア軍に占拠された街から、命からがら逃げてきた親子、二人暮らしのお母さんと息子さんがいたんですけど、その人たちはロシア軍の目をかいくぐって逃げなければいけなかったので、着の身着のまま、身の回りの最小限のものしか持ってくることができなかったんですよね。

その人たちにインタビューして、36歳の息子さんに「何か大切な思い出の品を持ち出すことはできたんですか?」と聞いたら「いや、そんな余裕はなくて何も……」という答えでした。そうしたら隣にいた57歳のお母さんが息子さんの肩に触れて、「この子を」って言ったんですね。

命からがら、この息子と一緒に逃げることができたことが、自分にとってせめてもの救いだというようなことを言うわけですよ。すべてを失ったにもかかわらず。まあ、そういう声というのは、国際情勢の話にはたぶんまったく載ってこないですけど、これが戦争の日常の一コマなんだなと思いましたね。

――戦局とか国際情勢とかで何か分かった気になっちゃあかんと。

藤原:紛争地に何度も行っていますけど、行くたびに初めての体験なので。経験値なんて何の役にも立たないし、知識もそうですね。

――今回もやはりそうでしたか?

藤原:そうですね。自分は戦争のことをずっと取材してきて、戦争のことを知っていると思っているがゆえに、もし行かなかったらウクライナのことについて、思い込みで間違った理解をしていたと思います。同調圧力の話もそうだし、なぜ遺体を当局が見せる必要があるのかについても、その場でご遺体を自分で撮って、なんでこれを撮る意味があるんだと考えなかったら、たぶん思いが巡らなかったと思います。

取材したウクライナ人からは「ロシアに抵抗することで1000人が死ぬのか1万人が死ぬのか5万人が死ぬのか分からないけど、俺たちが抵抗している限り、ロシア人がウクライナ人を100万人殺すことはできない。だから抵抗をやめるのは、力に屈したことになるので、それだけは絶対にしたくない。抵抗の形がどんなものであったとしても」というようなことを聞きました。

――まずは当事者性について理解することから始めよう、ということですかね。

藤原:そうですね。いろいろ仕事の問題とかあるでしょうけど、もし興味を持ったら、機会を捉えて行けばいいと思います。ジャーナリストやNGOのものではない視点、例えば製造業の人とか飲食店の人とかいろんな業種の視点でこの出来事を見たら、もっと理解が深まるし、いろんな情報がきちんと伝わっていくんじゃないかなと思います。

――今回は貴重なお話をありがとうございました。


何が取材できて何が取材できなかったも含めて、現地に行ったジャーナリストならではの話題が次々に出てきた今回のインタビュー。情報の量が不足しているのではなく、むしろインターネットにフェイクニュースを含め雑多な情報や見解が溢れ返る中で、物事をどのように捉え、どう考えるべきかという点にこそ、きちんと現地を見てきた人からの傾聴すべき示唆があるように思いました。

可能な限り生の現実を見るべきだという意見はまったくもって正当ですが、なかなかに厳しい意見でもあります。とはいえ、ゲームとその業界をきっかけとしてウクライナのことが気にかかっているかもしれない我々ゲーマーにとっても、考えさせられる情報や論点を多々含む話であったはず。

今戦禍に苦しんでいるのも同じ人間であることを決して忘れることなく、現実に起きている物事をきちんと理解するにはどうしたらよいか。このインタビューをきっかけに考えてみてはいかがでしょうか。

5月20日にはインタビューに応じていただいた藤原亮司氏の現地取材報告会が開催される予定です。

ウクライナ リポート ~藤原 亮司 氏による現地取材報告会~

日時:2022年5月20日(金) 19:00~20:45(開場18:30)
会場:武蔵野公会堂 ホール(東京都武蔵野市吉祥寺南町1-6-22)
定員:300名
参加費:2,000円 (税込) 
参加申込ページ:https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/02wd52hhrfb21.html


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