市川春子 | 不思議な感情をなぜ手放せないのかをわかりたい
市川春子 | 不思議な感情をなぜ手放せないのかをわかりたい
「画と話を同時に描く」漫画という表現ジャンルを駆使して、市川春子さんは「人間とは何か?」を哲学します。たやすく答えが出るはずもなく、けれど、デビューから八年あまり漫画を描き継いでいくことで、彼女の中に高まりつつある問いがあるようです。『宝石の国』を描くことで、彼女はそのことにしかと気付きました。さて、それはいったい何でしょうか?
市川春子
本当の意味で
他人を助けることができるのか?

『宝石の国』では、襲いかかって来る敵をそのつど撃退しているだけで、戦うことで何かを勝ち取ろうとしているわけでもなければ、自分たちが生きる世界を良くしようと思っているわけでもない。「なぜ戦っているんだろう?」と疑問に思ってしまうキャラクターもいます。

市川春子 (以下、市川) はい。

市川春子

そんななかで主人公のフォスは、目的意識をはっきり持っています。「みんなの役に立ちたい」。こんな自分でも「役割」があるはずだと、試行錯誤を繰り返している。その姿は、あらゆる人間の魂に通じる普遍性があると感じたんです。市川さんとフォスの魂は、どんなふうにつながっていますか?

市川人を人たらしめるのは「労働」以外にないと、私はずっと思っていたんです。働いて、社会のなかで自分はある程度役に立っているという実感がなければ、生きている意味を感じることが難しい。よっぽど心臓の強い人以外は(笑)。

人は働くことで、自分が役立つことを社会に証明しながら生きていかねばならない。

市川ええ。私の知り合いのほとんどが、仕事がいやだいやだ言いながらも、ちゃんと仕事をしているんですよ。お金を得るためだけではなくて、そこにはきっと、誰かに認められたいといった承認欲求があるんだと思う。でも、果たして本当にそうなのかどうなのかということがわかりたくて、この漫画を描いているという思いは強いです。

そうではないのかもしれない、と。

市川はい。ただ生きているだけでもいいじゃないかという思いも私の中にはあって。働くことで得られる名誉や財産は、人がただ生きるためには必要ないけど、善く生きるにはどうしても必要になってくる。人間を人間たらしめるものは何なのかを、「労働」というテーマを通して描いてみたい、知りたいんです。

主人公フォスはもうひとつ、大きな行動原理を持っています。仲間から外れ孤独に生きている、シンシャを「助けたい」という願いです。この願いは、過去の市川作品にも通じるテーマだと感じました。

市川人を助けるということは、非常に難しいことです。励ましたり、物品的な助けで、一時的には気持ちを上向かせることはできるかもしれないけど、その人の人生をまるっと助けることはおそらく誰にもできない。

そうですよね。

市川じゃあ、救済とはどういうものなのだろう? 人は本当の意味で、他人を助けることができるのか。でも、人の役に立ちたいという不思議な感情を、人はなぜか手放せないんですよね。そのことが不思議だなあと、ずっと思っているんです。不思議だからこそ、その意味を知りたいと思うんです。

市川春子

そのあたりは、これから『宝石の国』を描いていってみないとわからない?

市川そうですね。

繰り返しになりますが、その「わからない」が、楽しいんだと。

市川わからないことがあるって、うれしいことだと思うんですよ。自分はまだこんなに知らないことがあるんだって思うと、生きていたいという気持ちにさせられる。
 その時の気持ちは、おもしろい、とか、楽しい、とかではないのかもしれない。むしろ感覚としては、なんだか不安になるとか、なぜだか怖い、妙にゾッとするという感じかもしれない。でも、その感覚を味わえることが、エンターテイメントの楽しさのひとつではないかと私は思っているんです。

執筆:吉田大助

(更新日:2016年1月10日)

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