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戦国武将の経営術とは?働き方にみる信長、秀吉、家康の時代

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はじめに 

新しい働き方について考える人が増えています。リモートワークやテレワークも馴染みのある働き方になりました。一方で、働き方改革やアフターコロナと声高に叫ばれても、古い働き方からの脱却は難しいのではと疑っている人もいるでしょう。確かに、「新しい時代だから新しい働き方なのだ」という考えは、少々単純で、根拠が不足しています。

今回の記事では戦国時代の経営術として信長、秀吉、家康の各時代の働き方にクローズアップしました。戦国時代は今より激しい時代の移り変わりでした。そんな時代で戦国武将による国の治め方はさまざまです。どのような時代背景で、どんな働き方になっていたのか? 意外にも現代につうじていることがわかりました。

新しい働き方が求められる理由を歴史から考える

信長、秀吉、家康の時代における経営と働き方の変化

時代が大きく変化するとき、古い経営と働き方は新しい経営と働き方へと変わります。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が君臨した戦国時代末期から江戸時代初期を例にしましょう。半世紀という短い期間に国の統治システムが3度も変わったことから、経営と働き方も次のように変化しました。

●信長時代の経営と働き方

外政や内政、合戦で休む間もないほど大忙し。天下統一に向けて有力武将を東西南北に派遣したため、各方面で熾烈な出世競争も勃発。成果を上げれば百姓出身でも城持ち大名に抜擢される一方、仕事ができなければ先祖代々の家臣でも容赦なく解雇された。

●秀吉時代の経営と働き方

大名が豊臣家の家臣となったため、働き方も一新。個別に仕事に取り組んで出世を試みていた働き方が、より大きな成果を出せるように垣根を越えて協力するように。例えば朝鮮出兵では、渡海して戦うグループと内地に残って兵站を管理するグループに各大名が分かれて、それぞれの役割を担当した。

●家康時代の経営と働き方

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各大名が譜代や外様に分類され、それぞれに領地が与えられる。旗本制の導入など、一介の武士の身分も細かく統制された。さらに士農工商と庶民の身分も固定。職業は世襲が主となった。低い身分から抜擢されるケースもあるものの、能力だけでなく主君への忠義心が評価される時代になった。

これからの経営と働き方を考えるヒントが歴史にある

信長、秀吉、家康と、それぞれで経営方針が異なり、働き方がまったく異なるところが興味深いですね。武士や侍というと忠義に厚いイメージがありますが、それは近世、近代以降に根付いたイメージです(「武士道」という言葉が一般化したのも明治時代です)。伊勢津藩の初代藩主・藤堂高虎は「7度主君を変えねば武士とはいえぬ」と語るなど、実力をより高く評価してくれる主君に仕えることが戦国時代の常識だったのです。その流動的な働き方が時代と共に落ち着いていったわけですが、実はここに、これからの働き方を考えるヒントが隠されています。

成果主義から終身雇用へと経営が変化した戦国時代

働き方1.0〜5.0とは

新しい経営や働き方とは、そもそも何なのでしょうか。例えば、働き方の種類については現在さまざまな定義が試みられており、作家・橘玲氏は著書『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる(PHP研究所)』で以下のように提唱しています。

●働き方1.0

年功序列・終身雇用の日本的雇用慣行

●働き方2.0

成果主義にもとづいたグローバルスタンダード

●働き方3.0

プロジェクト単位でスペシャリストが離合集散するシリコンバレー型

●働き方4.0
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