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堂本光一がガックリ…KinKi Kidsが「終わった」と絶望した瞬間とは?

アサジョ

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 KinKi Kids・堂本光一が2022年3月6日放送の「日曜日の初耳学」(TBS系)に出演し、前ユニット名である「KANZAI BOYA(関西ボーヤ)」について言及した。

 光一は、1991年にジャニーズ事務所で後の相方となる堂本剛と出会い、偶然にも同じ苗字だったことから、ペアで活動する機会が増加。「W堂本」「堂本ブラザーズ」「ジャニーズ関西組」などの候補があがる中、1992年の「NHK紅白歌合戦」でSMAPのバックダンサーを務めた際に「KANZAI BOYA」とのユニット名で紹介されていた。

 当時について、光一は「恥ずかしくて。しばらくはKANZAI BOYAとして活動していたので。番組に出させていただいた時も、スタッフさんに『KANZAI BOYAさん、スタンバイお願いします』って呼ばれる。“その名前を呼ぶな”って震えてた」と語った。

 あまりの恥ずかしさに、光一と剛は名付け親であるジャニー喜多川氏に改名を懇願。その結果、1993年4月放送のバラエティ番組「キスした?SMAP」(テレビ朝日系)で初めて「KinKi Kids」というユニット名で紹介されることに。しかし、これについても光一は「あんまり変わってへんやないかい、と。KinKi Kidsも恥ずかしかった」と正直に振り返っていた。

「ジャニーさんから改名を告げられ、なんとか『KANZAI BOYA』なるユニット名は回避できた2人ですが、『KinKi Kids』との名前にも当初はあまり満足しておらず、剛とともに『俺ら、終わったな』と肩を落としたそうです。また、2016年1月放送の『堂本兄弟 あけましておめでとうSP』(フジテレビ系)では、メジャーデビューした1997年にリリースした楽曲『たよりにしてまっせ』とのコテコテな関西風タイトルについても、光一は『あれ、俺らイヤだったんだよ』と告白。ジャニーさんから笠置シヅ子の原曲テープを渡された際には、『僕、これ歌うの?』とパニックになり、その“民謡っぽさ”を嫌がるも、ジャニーさんは『違うんだよ、これを現代風にしちゃうんだYO!』とノリノリだったようです。

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 若かりし日の素直な思いを漏らした光一には、ネットから『いや、大先輩に“シブがき隊”がいたじゃないか! 売れるとダサい名前が格好よくなるもんですよ』『最初はダサくても年月を重ねてくるとしっくりくるからすごいよね』『少年隊も少しダサいかな。でも、ご本人達の能力がピカイチすぎて逆にカッコよかった』『ジャニーズは基本グループ名ダサいけど、インパクトはありですよね』との声や、『KANZAI BOYA、KinKi Kids、なにわ男子、あんまり変わってない(笑)』といったツッコミも出ていました」(テレビ誌ライター)

 ジャニーズ史上初のデュオ誕生となったKinKi Kids。ジャニーさんも普段以上にネーミングには力を入れていたのかもしれないが、本人らにとっては「終わった‥‥」とガッカリさせられたものだったようだ。

(木村慎吾)

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