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生稲晃子を“芸能界は嘘の世界だ!”と号泣させたミスコンでの事件

女性自身

生稲晃子を“芸能界は嘘の世界だ!”と号泣させたミスコンでの事件

 

「グリコのチョコレートのCMソングで、赤い電話ボックスでトシちゃんと聖子ちゃんが出会うシーンが、すごくすてきだったんです」

 

海外旅行にも憧れていた当時、『アメリカ横断ウルトラクイズ』(’77~’92年・日本テレビ系)を見て、疑似体験をしていた。

 

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「アメリカどころか、まだ飛行機にすら乗ったことがなかったので、番組はすごく楽しみでした。問題が難しくて全然わかりませんでしたが、最初の◯×クイズくらいはできるので、参加するのが夢でしたね」

 

テレビのCMで流れていた、杉山清貴&オメガトライブの『サマー・サスピション』(’83年)も、青春の1曲。

 

「一時期、授業中でもずっと頭の中に流れていたほど。詞が好きで、何度もノートに書き写していました。杉山さんの曲は、都会の大人の恋愛が描かれていて“杉山さんの歌に出てくるような、おしゃれな女性になりたい”って思っていました。“ハンドルを握った女性がハイウエーをひた走る”みたいな歌詞の世界観を想像しては、かっこいいなって。3枚目のシングル『君のハートはマリンブルー』(’84年)の歌詞に“ツイードのジャケット”が出てくるのですが、“いったいツイードってなんだ?”って思ったりして。今みたいにスマホで簡単に調べられないから、なかなかわからなかったのですが、芸能界に入ってから着る機会があって“これがツイードか!”と、感動したことを覚えています(笑)」

 

 

■優勝候補と言われた「ミス南コンテスト」

 

とにかくテレビが好きで、生活の中心。好きな番組が放送されていない時間を見計らって、お風呂に入ったりしていたそう。

 

「アイドルはいつも、かわいい衣装を用意してもらえるし、車の後ろの席に乗って移動しているじゃないですか。そんな華やかな生活をうらやましく思っていましたが“じゃあ、自分が芸能界へ!”とはまったく考えませんでした」

 

’84年、16歳のときに「ホリプロタレントスカウトキャラバン」に応募したのは、芸能界への憧れとは別の理由だった。

 

「たしか優勝者に100万円、その推薦者に50万円が贈られていたと思うんです。思春期に親とぶつかったとき、『一銭の稼ぎもないくせに、偉そうなことを言うな』って怒られて、それなら“一銭の稼ぎをしよう”と。『合計150万円の賞金がもらえたら山分けする』と約束して、4つ上の兄に応募写真を撮影してもらいました」

 

残念ながら賞を取ることはできなかったが、系列の芸能事務所からスカウトされ、所属することに。

 

「それでCMのオーディションなどを受けたんですが、どれもうまくいかなくて、次第に生活の中心が高校のバレーボール部になっていきました」

 

大学進学に力を入れている私立高校に通っていたこともあり、まわりもすっかり受験モードに突入していた高3のころ、出合ったのが「ミス南コンテスト」だった。

 

「『みゆき』や『タッチ』など、あだち充先生の作品を兄が好きだったこともあって、私も単行本を読むように。自分のペースで世界観に浸りたかったので、アニメよりマンガで楽しんでいました」

 

スポーツが得意で、髪も肩にかかるくらいだった生稲さんは、友人から「南ちゃんに似ている」と言われることも。

 

「その言葉に有頂天になり、どんどん南ちゃんのことが好きになってしまって(笑)」

 

だからこそ絶対にコンテストには出場したかった。

 

「“芸能界で手っ取り早く稼ぐ”という幻想を捨てて大学受験に集中するための、最後の思い出作りのつもりでもありました」

 

決勝戦は、新宿のスタジオアルタで行われたが--。

 

「その前に『どうも、あだち先生があなたを気に入っているらしく、優勝する可能性がある。当日は制服を着てきてください』と言われ、南ちゃんと同じようなジャンパースカートで行きました」

 

だが、“芸能事務所に所属していないこと”が条件だったこともあり、生稲さんはグランプリを逃してしまったという。

 

「帰りの電車の中で“話が違う。芸能界は嘘の世界だ”って、大泣きしました。一緒だった母は恥ずかしかったと思います」

 

しかし、このコンテストで生稲さんに魅力を感じたレコード会社から、おニャン子クラブのオーディションを受けてみないかと、電話があった。

 

「最初は失意のあまり『嫌です』と即答したんですが、『一度、スタジオに来てください』と言われて。トシちゃんがそのレコード会社から曲を出していて、レコードやポスターをたくさんいただき、説得されてしまいました(笑)。“ダメでも普通の生活に戻ればいいだけ”と考え直し、おニャン子クラブのオーディションを受けることにしたんです」

 

それをきっかけにデビューした生稲さんは、芸能界での足場を築き、現在に至っている。

 

「南ちゃんは本当に好きなキャラクター、私の人生を変えてくれた存在なのは間違いありません」

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