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「体に当たると思ったらど真ん中」…松井秀喜氏が衝撃を受けた日米通算182勝左腕は

週刊ベースボールONLINE

次元の違うボール



95年、プロ4年目の石井一久[後方は山部太]

 球界を代表するスラッガーとして活躍して日米通算507本塁打をマークした松井秀喜氏が野球解説者・上原浩治氏のYouTubeチャンネル「上原浩治の雑談魂」に昨年10月25日に出演した際、「衝撃を受けた投手」として名前を挙げたのが、現楽天GM兼監督の石井一久だった。

 松井氏がプロ1年目のオープン戦で1学年上の石井と対戦した際にど真ん中をのけぞった打席を振り返り、「冗談じゃなくホント、まっすぐに見えた。ホント、当たると」とコメント。「あれ以上のスライダーとカーブは(その後の野球人生でも)見なかった」と回想している。

 石井は東京学館浦安高で「高校球界屈指の左腕」と評価が高く、1992年ドラフト1位でヤクルトに入団。制球難が課題だったが、150キロを超える直球、落差の鋭いカーブ、高速スライダーは無限の可能性を秘めていた。プロ1年目にシーズン未勝利ながら日本シリーズに先発に抜擢されたことが期待の大きさを表している。左肩関節損傷の修復手術を2度行うと剛速球が復活。故障明けの97年9月2日の横浜(現DeNA)戦(横浜スタジアム)でノーヒットノーランを達成。2位で猛追してきた横浜の勢いを止める白星で、リーグ優勝に貢献した。97、98年と2年連続首位打者に輝いた鈴木尚典が「早くメジャー(リーグ)へ行ってほしい」とコメントするほど、投げている球の次元が違った。

 98年は自己最多の14勝をマークし、三振奪取率11.047の日本新記録を樹立。00年は最優秀防御率(2.61)を獲得する。メジャーでも4年間で39勝をマークしたが野球人生の危機を迎えたときも。ドジャース在籍時の03年9月8日のアストロズ戦で強烈なライナーを頭部に受け、そのまま退場して病院に担ぎ込まれた。頭蓋骨の亀裂骨折と診断される大ケガだったが、石井はマウンドに戻った。カットボール、チェンジアップを覚えたことで投球に奥行きが出て04年には13勝を挙げた。


メジャー、古巣・ヤクルトを経て08年からは西武でプレー

 06年に古巣・ヤクルトに復帰すると、08年へ西武にFA移籍。癒し系の親しみやすいキャラクターで新天地でもすぐに溶け込む。涌井秀章、岸孝之ら後輩たちに慕われた。独特の感性、哲学から紡ぎ出されるユニークな発言、数字や記録にこだわりがないことでも知られた。日米通算182勝を挙げて13年限りで現役引退。芸能活動のマネジメントを委託していた吉本興業に契約社員として入社する意向を記者会見で明かし、ファンを驚かせた。

常勝チームにすることが使命


 石井は週刊ベースボールのインタビューで、「(まだ現役でできるという思いも)ありましたね。自分の感覚でもあったし、周りからもそう言ってもらったし。感覚は間違えてないと思うんですけど、でもお腹いっぱいでしたね。野球をずっとやっていたら、僕、野球しかやっていなくて終わっちゃうなって。野球批判とかじゃなく、人生を野球に全部使っちゃっていいのかなという疑問を持ちましたね。野球はそこそこ完成させたし、ある程度極めたと思っているので、次の、違う舞台での完成させるモノを探したかったんです」と語っている。


昨年からは楽天で監督も務めている

 18年に楽天の取締役兼GMに就任すると、昨年から監督に就任。「GMに就任したときから、僕の使命はこのチームを常勝チームにすることと、骨太のチームにすることが大事だと肝に銘じてやってきた。スタンスは変わらずやっていきたい」と思いを新たにしていた。田中将大が8年ぶりに復帰するなど優勝候補として注目されたが、3位に終わり、クライマックスシリーズもファーストステージでロッテに敗れた。

 監督就任2年目の今季は勝負の年になる。現役時代は大事な登板で勝負強さが光った。指揮官としてもリーグ優勝という目標を成就できるか。

写真=BBM

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