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「いくら防御率がよくてもなんにもならない」巨人の斎藤雅樹が90年代「最強のエース」は真実か?【プロ野球はみだし録】

週刊ベースボールONLINE

100勝を超えたのは4人のみ



90年代に「最強のエース」として巨人投手陣をけん引した斎藤

 1990年代はプロ野球の過渡期だった。世の中はバブル崩壊で暗転、景気の低迷は現在まで続いているように感じるが、プロ野球では人気の低迷に苦しんでいたパ・リーグが活気づく。起爆剤は近鉄でデビューした野茂英雄だろう。ストーブリーグではFA制度や逆指名ドラフトが始まった。そんな90年代で「最強のエース」といわれるのが巨人の斎藤雅樹だ。

 それまでは不動の“球界の盟主”として君臨していた巨人が、その座を危うくした時代でもあり、巨人には斎藤だけでなく槙原寛己、桑田真澄といった“先発三本柱”がいて、斎藤を不動のエースと断言しにくい部分もあったが、これが90年代の10年間でくくると、エースと評される好投手の筆頭に斎藤が挙がってくるのだ。

 90年代は野茂のデビューで幕を開けた感がある。インパクトでは新人ながら投手タイトルを総ナメ、新人王とMVPに選ばれた野茂に軍配が上がるかもしれないが、95年にメジャーへ。優勝の経験もなかった。一方のセ・リーグで90年のMVPは斎藤で、2年連続20勝で最多勝に輝き、リーグ連覇に貢献している。その後も斎藤の活躍は続いた。翌91年から2年間は槙原に譲ったものの、93年から5年連続で開幕投手を任され、94年からは圧巻の3連続完封。92年と95年から2年連続で最多勝となり、90年代だけで4度の戴冠、最優秀防御率も90年と96年に獲得している。

「いくら防御率がよくても試合に負けたらなんにもならない」と斎藤は語っていたが、90年代の10年間における勝ち星を見てみても斎藤は群を抜いていた。投手の分業制も進み、全体的に勝ち星が減りつつあった時代でもあったが、この10年間で100勝を超えた投手は4人のみ。このうち3人は左腕で、オリックスの星野伸之が118勝、西武とダイエーの工藤公康が111勝、中日の山本昌が109勝。唯一の右腕が斎藤で、126勝と“最多勝”だ。

 ちなみに、100勝に届かなかったものの、山本昌に続くのが99勝の桑田と94勝の槙原だった。さらに、“規定投球回”によっても変わるが、“最優秀防御率”も斎藤になるだろう。先発がメーンの投手で2点台は防御率2.90の斎藤のみだ。

文=犬企画マンホール 写真=BBM

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