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「老いては子に従え」幸せな老後への近道は…親子の歩み寄り

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、松谷美善氏の書籍『不完全な親子』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

老いては子に従え

これは母が晩年によくいっていた言葉です。母にとっては、「ありがとう」の代わりと、ともすると私を𠮟りそうになる自分への戒めだったのかもしれません。

実の母娘でも結婚して家を出ると、嫁姑のような感情が湧くことがあります。母は自分の体が病気で動かせなくなり、頭と口だけが達者だった時期が長かったので、思うようにテキパキと家事をこなせない私のことがもどかしかったと想像します。

結婚以来出張が多く、職場が私の実家から遠かったため、私とは別に住まいを借りていた夫は、週末になるとたくさんの洗濯物を持って、私の実家に来ていました。父と、たまに戻ってくる夫に、あまりに冷たくあしらわれている私がかわいそうになって、一人ぐらいは味方がいなくてはと加勢する気持ちで、父をたしなめながら「老いては子に従え」と、母は口にしていたのだと思います。

時代が変わって男性も、ずいぶん優しくなったように感じます。優しい男性は昔からいましたが、長男長女だらけの現在では、上の子ほど大事に育てられていて、惣領の甚六とはよくいったもので、長男長女は総じて優しいという印象を持っています。男性が優しくなった代わりに、女性が強くならなくては、成り立たない世の中になってしまいました。

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わが家は、父が次男、母が三女、夫が三男、私が一人っ子の長女という家族構成でした。両親が存命だった当時は無我夢中でしたが、2人が亡くなって2年が経過した今では、長女体質でとにかくまじめで一生懸命だった自分がおかしく思えてきます。もう少し手を抜くことを知っていたら、こんなに頑張らなかったのに。

父は私がやることなすことすべてが気に入らなくて、毎日野菜ジュースを自分でつくっていた時期がありました。毎日違う種類の野菜料理を食べたい父と、そんなに料理のレパートリーを持たない私との小さなささくれです。私は何年も試行錯誤を繰り返して、野菜でも魚でも味噌汁に入れることを思いつきました。

母が老人ホームに入居した年のお正月には、私がつくったおせち料理を初めて母にほめられました。父は変わらず無愛想なままでしたが、母の態度の軟化でずいぶん救われました。私が好きな家事は洗濯だけです。それでもなんとか両親に三食用意しようと、頑張ったのです。

母は20年近くほぼ寝たきりでしたし、父が遠くまで買い物に行けなくなってから、日々の買い物が私を悩ませました。父も何回かの入院を経て、徐々に弱っていきました。それでも毎日、新鮮な野菜や卵をほしがったので、雨でも風でも遠くのスーパーに歩いて行くのが私の日課でした。

「老いては子に従え」、この言葉を一服の清涼剤として、痛む体にも耐えました。お子さんと疎遠になっている方は、ぜひ「老いては子に従え」と頭の片隅にでも、この言葉を置いて考えてみてください。

「巻き戻せない時間」

若かったころ

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