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【小説】恋人じゃない。ただ、彼のメロディーに恋をしている

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、堀江麻希氏の小説『KANAU―叶う―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

KANAU―叶う―

雨降る夜。部屋の外で降る雨の音を、望風は、空気中を降り落ちる音と地面に叩きつける音を聞き分けながら、ベッドで仰向けになっていた。望風のデスク上のPCから、メールの着信音が鳴った。

望風は、掛布団をはねのけ、ベッドから飛び降りて、急いでPCに駆け寄った。メールの送信元は見当がついていた。いつも待っている。無意識にも待っていて、それを本人に伝えてしまうと彼を困らせてしまいそうで、口にも態度にもださないようにしている。好きな人からのメールを待つように武士からのメールを待っている。

彼女でもなく、恋の相手でもない。武士の作品に恋をしている。きたーーー! 心の元気が急上昇していく。デスクの片隅に置いてあるミラーの中の自分と目が合う。まるで合格通知を見た瞬間のような笑顔。目を見開いてわくわくしている。PCに視線を戻して、メールを開いてみる。PCを急かす。早くワンクリックして、内容を確認したい気持ちを押し殺してみる。

武士の作曲を真摯に受け止めたい。味わいたい。望風は、デスク上に置きっぱなしにしていた教科書、リップスティック、ロリポップキャンディ、スケジュールノートを、とりあえず部屋の中央にある丸テーブルの上に移動させた。

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クローゼットからスウェットの上下を取り出して、素早く着た。キッチンへおりて、お気に入りの紅茶のティーバッグでアッサムホットティーを用意した。白の受け皿に白のスープカップくらい丸みのあるカップにお湯を注いで、茶葉から味が染み出るのを待つ間、そわそわと背伸びをしてみたり、深呼吸をしてみたりして、興奮を落ちつけようとしてみた。試験の合否を待つような、そんな緊張感だった。

木製のトレーに淹れたての紅茶をのせて緩やかな傾斜のらせん階段を、紅茶をこぼさないように注意してやや足早に上がる。デスクのPCの右横に紅茶とスマホをおいて、座った。

望風の表情が凛とする。武士の想いを知るための覚悟だ。音楽が流れだした瞬間、望風はデスクに両肘をついて、顔を両手で覆った。

深く積雪した真っ白な大地にたくさんの流星が降り落ちる。一晩中流れ落ちて、夜明けにはまるで天の川のような美しい星の大地となる。その中心には、白のノースリーブワンピースを着た一人の女性が立っていて、腰までのびた長い髪をなびかせ、寂しそうに笑って誰かを待っている。望風は、そうイメージした。

望風は、まだ顔を手で覆ったままだ。閉じていた瞼を上げると、指と指の間からPC画面が見えた。武士がどんな想いを抱いて、このメロディーをつくりだしたか、眠らずにつくり続けたのか、自分自身とのどんな戦いがあったのか。武士の作曲に、望風は優しさを重ねて何度も何度も繰り返し聴いた。胸の奥が細い糸できゅうっと結ばれるようなわずかな痛みが、心地よかった。

何度も何度も聴いているうちに、いつのまにかデスクに上半身をもたせかけて、椅子に座ったまま眠っていた。その夜は、武士のメロディーに包まれて眠った。武士の頑張りをできるだけ共有したかった。楽しみも苦しみも分かり合いたかった。

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