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「俳句の神様」が詠んだ句が盗作に!? 神様の正体とは。

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、松岡見太氏の書籍『春風や俳句神様降りてきて』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

神様の俳句講義 その八 山粧やまよそおう

私が俳句の神様の講義内容を話し終えると、酒を飲む手を止めて聞き入っていた三人から、ふぅうと大きなため息が漏れた。手帳に書き取った句とメモをじっと見つめている。しばらく無言の時間が流れた。それを破ったのは、豊かな銀髪を七三分けした市島だった。

「松岡、これって盗作にならないか。久保田万太郎の姿かたちをした神様の発言にも有ったように、実際は全部神様が作った句を、君の句として句会に出しているのじゃないか。これって大丈夫なのか」

私は、次の理由から私の行為は許されると自己弁護した。

まず、これらの俳句は既に誰かの名のもとに発表されたものを、私の作品としたのではない。創作はあくまでも神様と私が行ったものだ。作句時点で私の貢献度が低いことは認めるが、私が全く関与しなかったわけではない。神様が降りてきて下さり、その都度異なった視点で、いろいろな指導をして頂いている。その幸運に感謝しつつ、私は出来の悪い教え子ではあるが、神様と一緒に俳句を作り続けている。

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添削を受けた句の場合、その添削を納得すれば、添削した句を自分の句とすることができる。やや強弁になるが、私のケースでも、私の考えた原句を神様が添削したとも言い得る。たしかに、まともに原句が存在しなかったこともある。そこは大目に見てほしい。盗作の場合、被害者がいるが、私と神様の共作には被害者がいない。これまで神様から、句の取り消しを求められたり、損害賠償請求や提訴を受けたことはない。

さらに、神様の手助けを受けているのは、私だけではない。今に残る名句、秀句といわれているものの多くは、何らかの形で神様の加護があったと、私は思う。その物的証拠はないが、神様のアシストに感謝して、肖像権をうんぬんせずに、俳句の神様が自分のコスプレをすることを許している有名な俳人が多数いるということは、立派な状況証拠といえるのではないか。

そして、個人句集を読んでいると、中に群を抜いて目立つ句がいくつかある。多数の読み手がそのように感じた句は、その句の作者の代表句として喧伝(けんでん)される。

そうしたもののうち全ての句に神様がかかわったといえば、俳人に対して失礼になろうが、他の句と段違いに素晴らしい、とても同じ俳人の句ではないような、名句、秀句を見ると、やはり神様の関与を疑いたくなる。

私の推理では、初めて神様が俳人の句づくりに示唆を与えたのは、延宝八年(一六八〇年)の冬で、俳人は松尾芭蕉である。芭蕉が深川へ移り住んでからの句は、江戸日本橋で桃青(とうせい)という名で、俳諧の優劣を判定して金を得る点者(てんじゃ)をしていた時代の俳句とは、比べ物にならぬほど大幅な進化を見せている。

引っ越しという単なる環境変化が、俳句にそのように大きく影響するとは思われない。芭蕉は俳句の神様の助力があって俳聖になったのだと、私は考えたい。河合曾良が旅日記に記録していないので、あくまで推測に過ぎないのだが、奥の細道の旅にも神様が同行したのではないだろうか。旅から戻り奥の細道の原稿を書いた時にも、かたわらにたたずんでいたかも知れない。

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