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日本人技術者がカナダで挑む「有毒ガス除去装置」プロジェクト

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、芦田政裕氏の書籍『波濤を越えて 日本、カナダ、中国で生きた技術者の一生』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

ミプラコでの仕事

社長のミッキー・ケーレンは二十代でドイツから移住し早々に独立したと聞いた。

彼は政裕が天龍実業時代に出張したV社のことを知っていた。その工場から少し離れたケルンの町が彼の出身地だった。ドイツからの移住者がカナダで成功している例が多くある。

彼のビジネスは発展途上で活気が感じられた。この会社の現場作業員は大西洋の真ん中にあるアゾレス諸島からのポルトガル人移民グループとイタリア人移民のグループに分かれており、プロテクティブの作業員のセルビア人とイタリア人の構成と事務所のスタッフの多国籍ぶりと似ていた。

後年政裕が始めた工場の作業員の構成は主にベトナム人だったことを見てもカナダは移住者の存在が国の人的資源に大きく貢献していることは事実だと思った。

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政裕は次々に入ってくる見積もり依頼の設計と価額見積もりを担当した。

顧客は耐食性工業用機器を必要とするあらゆる分野の工場ですべてが大企業だった。カナダ国内とアメリカで顧客の数が増えていった。政裕はそれぞれの製品の要求条件を精査し、それに応じた機器の強度計算を含めた設計で提案書を書き、見積書を添えてセールスマンに渡す。これの連続だった。

ほとんどの見積もりが受注につながった。その後八年ほどの間に多種多彩な製品が生まれていった。社長の目論見で郊外に土地を購入し各段に拡張された工場を新築して移転、この敷地のそばに鉄道線路が通っていて工場内に引き込み線が引かれていた。それを利用して大型設備の受注が可能になり、プロテクティブの生産能力以上の規模に成長した。ビジネスは益々拡張していった。社長の目論見通りになった。

タシス向けテラー型スクラバープロジェクト

最も印象に残っているのはバンクーバー島のタシスにあるパルプ工場での工場排気ガスに含まれている有毒ガス除去装置の設計から組み立て、現場での据え付けなどの大型プロジェクトだった。この基本設計はボストンの近郊にある著名なテラー博士が主宰するエンジニアリング会社によるものだった。

この排気ガスは硫化水素の悪臭が強く、カナダに多く散在するパルプ工場のある町に入るとその臭いでその存在がわかる。このプロジェクトもタシスの住民の苦情から計画されたものだった。構造物の強度設計と製作は政裕の担当になった。

何度もテラー博士の事務所を訪問し担当者と協議を重ねた。主要部品の強度確認のためにモデルを作成し、トロント大学に試験を依頼した。この設備の使用条件は酸化性の強い塩素化合物の液体が散布され、内圧は水柱六十センチの減圧、温度はマイナス十五度からプラス五十度だった。

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