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断酒の禁断症状に苦しむ男性…脳裏に浮かぶ、幼い頃の母の悲哀

幻冬舎ゴールドライフオンライン

※本記事は、田中敏之氏の書籍『追憶 ~あるアル中患者の手記~』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

悲の断片

第一節 母の思い出

酒が止まったと言っても、それから禁断症状の日々が続いた。まるで宙に浮かんで、霧の中をさ迷うようだった。幻聴を聞いたこともあれば、幻覚を見たこともあった。

それに飲酒と放浪でボロボロに傷(いた)んだ体は、容易にもとには戻らなかった。私はそこで自分が一人の廃人であることに、否応(いやおう)もなく、気づかされた。落ち着きを取り戻すようになると、フラッシュバックが起こった。幼かった頃の泣き出したいような、ハラハラした時の不安が、わけもなく蘇(よみが)えってきて、心に取り憑(つ)いて離れなかった。そのほとんどは母がいなくなることの不安だったが、母のドクドクという、心臓の鼓動が聞こえてくることもあって、妙な心地になるのだった。

そんな母の思い出が募(つの)ってきた折り、私はふと若かった頃の母の笑顔を思い出した。母はまだ幼かった私の耳元に、そっと内緒の話を囁(ささや)いた。

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「おじいさんがね、お前は後生(ごしょう)よしだ。本当に、トシは素直な、いい子だと言っていたよ」

母は嬉しそうに微笑んでいた。――母は優しかった祖父の末っ子として生まれた。可愛がられて育てられたが、いかにも弱かった。旧家に嫁(とつ)いで子を産んだものの、その子を残して里に逃げ帰った。

その不幸を哀(あわ)れんだ祖父は、やがて母を人里離れた片田舎の、真面目なだけが取り柄の男と再婚させた。母はそこで私を産んだ。貧(まず)しいばかりの生活だった。母はその貧しさに向けられた世間からの侮蔑(ぶべつ)の視線にいつも怯(おび)えていた。母はそんな悲哀を重ねてきたが、最後にこんないい子を授(さず)かって、「あとは後生よしとなるばかりだろう」というのが、祖父の願いでもあり、予感でもあったのだ。

しかし、祖父の願いも予感も空しく外れてしまった。私は母から奪うだけ奪って、母を顧(かえり)みることもなく、不幸の中に死なせてしまった。何と大きな犠牲を払わせたことだろう。何と思い遣(や)ることのなかったことだろう。そしてすべてが過ぎ去って、どうしようもなくなってから、それを悔いるしかなかった。

どうしてこんなことになってしまったのか。それにしても私は優しい子のはずだった。ラジオから流れるアンクル・トムズ・ケビンの放送が悲しくて、家の外に出て泣いた。私が通った教会のシスターは私を女の子よりも優しいと言った。無論、私が優しいとしたら、それは母の優しさだった。私の身も心ももともとは母のものだった。

私はそんな母の中から巣立とうとして身をもがき、母をあとにして一人羽ばたいてきた。そして、いつしか三十余年の歳月を過ぎ越していた。それは私自身が不幸になることによって、親不孝のかぎりを尽くすことだった。

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