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【第9回】下顎の親知らずを抜いた。

ホンシェルジュ

名前もよく知らない男の人が口の中に指を入れ、ペンチに力をかけて歯を一本抜くというのは医療行為でなければただただおそろしい暴力だ、これは許可された暴力だ、と思いながら頭の奥に砂漠のようなジャリジャリとした音を聞いているうちに奥歯は綺麗にポロリと抜けた。

砂漠に咲く花のことをいっぱい考えよう、と思っていたけれどつぶった目に浮かぶのは粉々になる歯ばかりだった。

わたしが許可した、わたしの望んだ暴力は寸前までわたしを後悔させる。

清潔なタオルで視界をシャットダウンさせれ、金属を置いたり口のなかの体液を吸ったりすると音だけがとても鮮明に聴こえるので、わたしは両手で膝掛けをぎゅっと掴んでただただ口を開ける。

打たれるたびになにも感じなくなる麻酔でわたしの口のなかがどうなっているか、わたしにはわからない。

始まってしまえば終わるまでストップをかけられない、こんな時に地震が来たらどうしようと怖くなる。地震やその他の天変地異はせめてすべての歯科医院の営業時間外に、と、つい思ってしまう。

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歯を抜くと妙な高揚と疲労があり、歯医者に行った後は必ず小一時間眠り込んでしまう。

抜いたばかりの歯についた自分の肉片を爪で削り取りながら、ゆっくり歩いて家へ帰り、その日も昼過ぎから夕方まで死んだように眠った。

今日の朝までたしかに一緒に生きていた歯は、わたしが望んだ暴力によってあっけなく死んだ。

粘膜のなかで潤っていた奥歯はいま、血と肉を失くしかさかさと白く乾いて骨らしくなっていく。

一週間後、ふたたび歯医者へ行った。

抜歯してから腫れはなかったものの、常にどんよりとした鈍痛が左顎にあり、笑ったり怒ったりすると地味にいたいのでしばらくはできるだけポーカーフェイスで過ごしていた。

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