top_line

【 最新ニュースをアプリでサクサク読むなら! 】

ブルーピープル。青い肌を持つファゲイト一族にまつわる物語

カラパイア


 1800年代、アメリカ、ケンタッキー州の人里離れたアパラチア地方の僻地で、肌の青い一族が暮らしていた。

 のちに「ブルー・ファゲイト」と呼ばれるファゲイト家の一族は、1世紀以上もの間、皮膚が青くなる非常に珍しい遺伝子を受け継いできたという。

 彼らの皮膚は何故青く、それが代々受け継がれていたのか?20世紀になりその謎が解明された。

珍しい遺伝子変異を持つ者同士が偶然結婚

 1820年、マーティン・ファゲイトは、ケンタッキー州の未開拓地にたどり着いた。彼はフランス移民の孤児で、自分の家系についてはなにも知らなかった。

 伝えられているところによると、マーティン自身も青い肌をしていた可能性はあるが、後世のファゲイト一族のような濃い青ではなかったようだ。

 マーティンは、赤毛のアメリカ人女性エリザベス・スミスと結婚し、ケンタッキー州ハザード郡近くのトラブルサム・クリークのほとりに家を構えた。

 エリザベスは透き通るような青白い肌をしていたという。マーティンもエリザベスも、まさか自分たちが、「メトヘモグロビン血症」という珍しい遺伝性血液疾患の劣性遺伝子をもっているなど知る由もなかった。

 マーティンはヨーロッパからはるばるアメリカの奥地にやってきて、まったく血のつながりのない見ず知らずの女性と結婚した。

 にもかかわらず、たまたまその相手も同じ稀な変異遺伝子をもっていたというのだから、驚くべき確率であり、偶然にしてもできすぎている。

 マーティンとエリザベスには、7人の子どもができたが、そのうち4人が青い肌だったという。

 1世紀ちかくもの間、トラブルサム・クリークには鉄道や道路がなかったため、青い肌の劣性遺伝子は、ファゲイト家の周辺だけで数世代にわたって受け継がれた。彼らは次第に、ケンタッキーのブルーピープルとして知られるようになった。

近親婚が進み青い肌が引き継がれる

 ファゲイト一家は自分たちの青みがかった肌に戸惑い、一族は世間から隠れるようにして暮らしていたが、それが却って問題をこじらせていった。

 一般の人々とは一切接触せずに生活して、一族内の近親者同士で結婚を繰り返したため、この青い肌を代々引き継ぐ確率が高くなったのだ。

 1960年代、スマーフ(マンガの妖精キャラクター)のような青い肌色の原因は、劣性遺伝子によって引き起こされる突然変異であることがわかった。

 両親がとも同じ劣性遺伝子をもっていると、青い肌をもつ子どもが生まれる。

 こうした遺伝子をもつ人はおそらく10万人にひとりいるかいないかだ。だが、もしその遺伝子を持つ人が血縁であるいとこと結婚したら、青い皮膚をもつ割合は8人に1人となる。両親ともこの遺伝子をもっている場合には、その割合は急上昇していく。

 ファゲイト一族に青い肌を持つ家族が増えたのはそのためだ。

なぜ彼らは青い皮膚になったのか?

 「メトヘモグロビン血症」は血液疾患で、皮膚の病気ではない。皮膚の色を黒くするアミノ酸であるメラニンとはなんの関係もない。

 メトヘモグロビン血症の人たちは、皮膚の下の血管に濃いブルーの血液が流れているために皮膚が青く見えるのだという。

 血液が赤いのは、赤血球にヘモグロビンというタンパク質が詰まっているからだ。ヘモグロビンは、鉄の原子を含むヘムと呼ばれる化合物のせいで赤い色をしている。

 この鉄の原子が酸素と結合することで、赤血球は全身に酸素を循環させることができる。

 メトヘモグロビン血症の人は、血中の酸素が不足することで、血液が赤から青に変わってしまうという。つまり、遺伝子の変異によって、酸素と結合できないメトヘモグロビンという珍しい形のヘモグロビンが体内に蓄積される。

 この壊れたヘモグロビンに十分な量の血液が”汚染”されてしまうと、血液は赤からほとんど紫がかった濃い青に変わってしまうのだ。

この青い血液を持つ25歳の女性は、虚弱感、疲労感、息切れ、皮膚の変色などの症状があり、メトヘモグロビン血症と診断された/ image credit: New England Journal of Medicine

 ファゲイト家のメンバーは、さまざまな度合いでこの遺伝子を発現していた。

 血中のメトヘモグロビン濃度が低ければ、寒い季節に青みがかった色になるくらいで済むが、メトヘモグロビン濃度が高いと、頭からつま先まで真っ青になる。

青い皮膚は治るのか?

 メトヘモグロビン血症は珍しい遺伝子疾患のひとつだが、簡単な薬で治療ができるそうだ。

 メトヘモグロビン血症の治療法を発見したのは、ケンタッキー大学の血液学者マディソン・カウェイン3世だ。彼は、ブルーピープルの噂を聞いて、1960年代にサンプルを探しに現地に行った。

 ラッキーなことに、カウェインはハザード郡の診療所にやってきた、パトリックとレイチェル・リッチーの兄妹に出会った。

 「彼らはまさにブルーピープルだったのです」1982年のインタビューで、カウェインは語った。
“青い肌をした親戚はいますか?”と、私は彼らに質問しました。そして、座り込んで家系図を書き始めたのです。この兄妹は青い肌をしていることにとても困惑していました。でも、この病は、特別な健康障害を引き起こすことはなかったようです
 この疾患が遺伝的なものなのは明らかだった。カウェインは、アラスカで孤立して生活しているイヌイットに血縁者同士の結婚が多く、遺伝性のメトヘモグロビン血症が発症しているという報告書を読んだことがあり、それがヒントになった。

 アパラチア地方の僻地に住むこの人たちにも同じことが起こっているのではないかと推測したのだ。

 イヌイットのコミュニティでは、メトヘモグロビンをヘモグロビンに変える酵素が欠乏していることが突き止められていた。

 問題を研究しながら、カウェインは酵素がなくても、メトヘモグロビンをヘモグロビンに変えることができると考えた。メトヘモグロビンに自由電子を与えて、酸素と結合させることができる物質があればいいのだ。

 くしくも解決策となったのは、一般的に染料に使われる色素メチレンブルーだった。カウェインは、リッチー兄妹に100ミリグラムのメチレンブルーを注射したところ、たちまち結果が出た。

 「数分で、皮膚から青い色が消えました」カウェインは言う。「人生で初めて、兄妹はピンク色の皮膚になったのです。とても喜んでいました」

Blue People of Kentucky

ファゲイト一族はその後どうなったのか?

 20世紀半ばに、トラブルサム・クリーク周辺の農場から、若者たちがよそへ出て行ったとき、そのまま青い肌の劣性遺伝子をもっていったが、年月と共に、青い皮膚の赤ん坊が生まれる確率は減っていった。

 青い皮膚をもっていても、1日1回メチレンブルーの錠剤を飲めば、ピンク色の頬を取り戻すことができた。

薬の副作用として皮膚が青くなることも

 だが、遺伝でなくても皮膚が青くなる場合もある。

 メトヘモグロビン血症は、ベンゾカインやキシロカインといった局所鎮痛剤の副作用として起こることがある。

 有名なケースの例として、皮膚炎治療のために、天然の抗菌剤であるコロイダル・シルバーという
銀サプリを飲みまくって、コロイダル・シルバーのクリームを肌に塗ったところ、皮膚が青くなってしまった男性がいる。この症状は、アルギリアつまり銀沈着症という。

 この男性はアメリカ、ポール・キャラソンさんで、以下の映像はポールさんが取材に応じた時のものだ。

Why This Man’s Skin Turned Blue
References:The True Story of the Blue People of Kentucky | HowStuffWorks / written by konohazuku / edited by parumo

TOPICS

ランキング(動画)

ジャンル