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日本人サッカー選手歴代移籍金ランキング66位~70位。アジアカップ得点王が高額な移籍金でJリーグに復帰も…期待外れに終わったのは…

フットボールチャンネル

日本人サッカー選手歴代移籍金ランキング66位~70位。アジアカップ得点王が高額な移籍金でJリーグに復帰も…期待外れに終わったのは…

70位:期待されたスペイン2年目だったが…

100億円を超える移籍金(契約解除金)も珍しくなくなった今日のサッカー界で移籍金の高い歴代日本人は誰なのか。今回フットボールチャンネル編集部は、データサイト『transfermarkt』が算出した市場価値ランキングの最新版を紹介する。※移籍金は11月2日時点、価格が並んだ場合の順位はサイトに準拠
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MF:久保建英(日本代表/マジョルカ)
生年月日:2001年6月4日(20歳)
クラブ:レアル・マドリード→ビジャレアル(レンタル移籍)
移籍日:2020年8月10日(当時19歳)
移籍金:125万ユーロ(約1.5億円)

 2015年にバルセロナの下部組織を退団し、日本に帰国した久保建英。3月にFC東京に加入すると、Jリーグ最年少出場記録や最年少ゴール、21世紀生まれの選手では初のJリーグ出場など様々な最年少記録を打ち立てた。

 横浜F・マリノスからのレンタル移籍から復帰した2019年は開幕から主力に定着。公式戦16試合で5ゴールと結果を残し、夏に古巣バルセロナのライバルであるレアル・マドリードへと移籍した。スペイン1年目はラ・リーガに復帰したばかりのマジョルカへレンタル移籍。チームは1年での2部降格となってしまったが、久保自身は35試合で4ゴール4アシストと結果を残した。

 そして20年夏、注目されたスペイン移籍2年目はビジャレアルへとレンタル移籍することに。この時に125万ユーロ(約1.5億円)の移籍金がレアル・マドリードに支払われた。多くの経験を詰むためにビジャレアルへと移籍した久保だったが、同じ右WGにはジェラール・モレノやサムエル・チュクウェゼといった実力者がいたこともあり、ベンチ要員となってしまった。結果的に公式戦19試合でわずか1ゴールという成績に留まり、予定より半年早い21年冬にビジャレアルを退団した。

69位:2021年に大きな飛躍を遂げたのは…

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MF:川辺駿(日本代表/グラスホッパー)
生年月日:1996年9月8日(26歳)
クラブ:サンフレッチェ広島→グラスホッパー
移籍日:2021年7月1日(当時25歳)
移籍金:127万ユーロ(約1.5億円)

 サンフレッチェ広島のジュニアユース出身の川辺駿は14年にトップチームに昇格。しかし、青山敏弘や森崎和幸らベテラン選手の間に割って入ることができず、J1ではわずか1試合の途中出場に留まった。

 翌15年からは3シーズン連続でジュビロ磐田へとレンタル移籍している。加入当時J2を戦っていた名門のJ1復帰に貢献するなど、磐田で大きく成長した川辺は18年に広島に復帰。復帰1年目こそ途中出場が多かったが、2年目からは絶対的な主力に定着しており、21年からは副主将に就任した。3月には日本代表に初選出され、6月に行われたタジキスタン戦では代表初ゴールを決めた。

 21年に大きく飛躍を遂げた川辺は7月にスイス1部リーグに復帰したばかりの名門グラスホッパーへと完全移籍を果たした。25歳にして初の海外移籍となった川辺だが、すぐにチームに溶け込み、ボランチのレギュラーに定着した。第14節セルヴェット戦では、右足の強烈なダイレクトボレーシュートをゴールネットに突き刺した。

68位:日本人で初めてCL準決勝に出場した男

DF:内田篤人(元日本代表)
生年月日:1988年3月27日(33歳)
クラブ:鹿島アントラーズ→シャルケ
移籍日:2010年7月1日(当時22歳)
移籍金:130万ユーロ(約1.6億円)

 06年に鹿島アントラーズに入団した内田篤人は、クラブ史上初めて高卒ルーキーながら開幕戦のスタメンに抜擢された。翌07年にはクラブのレジェンド、名良橋晃が着用していた背番号2を引き継ぎ、07年、08年、09年と史上初のJリーグ3連覇に大きく貢献。内田自身も08年、09年と2年連続でJリーグベストイレブンに選出された。

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