コミカルな描写、独特の世界観、主人公の裏側、こうした手塚作品ならではの魅力が、七色いんこのカッコよさを引き出しているといえるでしょう。
おすすめのエピソードなども紹介しながら、次はその魅力を詳しくお伝えしていきたいと思います。
著者手塚 治虫 出版日1981-09-01
手塚治虫のギャグセンスに脱帽!「日本の国土」って何?心身症を治す方法とは?

常人では思いつかないようなユーモアが炸裂するのが本作の魅力の一つ。
たとえばいくつか登場する「日本の国土!」というセリフ。キャラクターが驚いて思わず声をあげるとき、「えっ!」とか「なんだ!?」などの言葉が使われます。しかし、そこで突然叫ばれる言葉が「日本の国土ッ」。
一見すると意味不明ですが、当時の社会や政治の状況などを考慮すると、これは北方領土問題のことを指しているようです。
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突拍子のなさを感じますが、連載当時、日本の誰もが多かれ少なかれ関心を持っていたであろう北方領土問題。それを一発ギャグへ昇華させてしまう、手塚治虫ならではの着眼点とセンスが感じられます。
また、物語が進むにつれて、いんこは自身の「ホンネ」と向き合うことにジレンマを感じ、心身症になってしまいます。
最初は幻覚や幻聴として現れる「ホンネ」に苛つく程度でしたが、やがて舞台で演技はおろか、車の運転もままならなくなってしまうのです。途方に暮れるいんこでしたが、『作者を探す六人の登場人物』という戯曲からヒントを得て、解決策を思いつきます。
それはなんと、いんこ自身が作者である手塚治虫に会いに行き、直談判して心身症の設定を取り消させてしまうというもの!
原稿用紙の上でくり広げられる、いんこと手塚治虫の応酬には注目。本来作品を思いどおりにできる作者の手塚が、自ら生み出した登場人物、いんこの勢いに押される様子は、すっかり関係があべこべです。
なにより、作者が登場人物と対峙する場面を描くとは、普通ならば思いつかない展開です。あり得ないことも実現させてしまう、手塚治虫の思い切りのよさには思わず感心します。
演劇に合ったストーリーに引き込まれる!

毎回さまざまな舞台に出演する「いんこ」。そのつど数々の演劇作品に触れられるのも、本作の楽しみの一つです。
そして、いんこが演じる舞台の外でも、テーマとなる演劇になぞらえて展開するストーリーが見もの。
登場人物たちの人間ドラマとして描かれる一方で、フィクションならではの非現実的で不思議な出来事が起こることもあります。
『オンディーヌ』では水の精を思わせるような不思議な少女が登場したり、『青い鳥』ではコンピューターが人間を敵として攻撃してきたり、オカルトからSFまで、その展開はさまざま。
演劇をテーマにすることで、幅広いジャンルの作品をモチーフにしたネタが楽しめます。
『七色いんこ』おすすめエピソード:ハムレット
シェイクスピアの名作『ハムレット』の主演俳優が麻薬密売の容疑で捕まり、出演できなくなります。公演直前の事件に頭を抱えた演出家は、半信半疑ながら七色いんこに代役を依頼するのですが……。
記念すべき第1話であり、七色いんこや千里万里子(せんりまりこ)という主要人物の紹介も兼ねられているエピソードです。
いんこの扮装スキルや演技力の高さ、そして華麗な盗みの手口などが披露され、あっという間に彼の魅力にひき込まれます。
いんこを追う刑事の千里との関係や、彼の出自に関わる秘密についてものほめかされていて、今後の展開への期待が高まる第1話です。
著者手塚 治虫 出版日1981-09-01
『七色いんこ』おすすめエピソード:人形の家

イプセン原作の『人形の家』は、夫の人形のように生きてきた女性が、自分自身の人生を歩むために家を出ていく物語。
この舞台の主演女優として地位を得たノーラは、いつしか夫のこともないがしろにする高慢な女性となっていました。
妻の態度を改めるきっかけを求め、夫・ジミーは、自身の代役として七色いんこを招き、ノーラと共演させようと考ますが……。
ノーラとジミーという2人の関係が、演劇の『人形の家』と対比して、夫婦の立場が逆転しているところが面白く感じられるエピソードです。
いんこの演技に圧倒された後も、自身のプライドにばかり固執するノーラ。その結果、ジミーをはじめとする全てのものが、彼女のもとから去っていきます。
彼女がどのような結末を迎えたのかは、ぜひご自身の目でお確かめください。
『七色いんこ』おすすめエピソード:化石の森
以前の仕事で麻薬の密売組織から金を盗んだために、いんこは密輸団から追われ、捕まってしまいます。金のありかを聞き出すため、密輸団は素性を隠して知人の家の防空壕跡を借り、そこでいんこを拷問しようと考えるのですが……。
緊迫した状況下でそれぞれの人物の本心が露わになるという演劇作品、『化石の森』になぞらえたストーリーです。密輸団とのやりとりやアクションシーンなど、ハードな展開も見もの!
また、このエピソードには、手塚作品ではお馴染みのキャラクター「アセチレン・ランプ」が密輸団のリーダーであるのに加え、「鉄腕アトム」もイラストで登場します。
作品の垣根を越えてキャラクターを登場させる、手塚治虫らしい一面も感じられる一話です。2巻に掲載されていますので、ぜひご覧ください。
著者手塚 治虫 出版日1981-11-01
『七色いんこ』の結末に驚愕!今までの伏線が繋がる見事な最終回
ほぼ1話完結のストーリーとして展開されてきた本作ですが、実は各所に伏線が張られています。最終回ではそれらが一気に繋がって回収される爽快感を得られるでしょう。
第1話から、いんこの出自と関わりがある人物として、鍬潟隆介(くわがたりゅうすけ)という男の名が上がっています。その他にも、意外なエピソードが伏線になっているのです。
たとえば千里万里子の鳥アレルギーの設定。コメディ要素と思いきや、実はきちんとした理由があります。
また、千里がお見合いから逃げ出す話や、そのお見合い相手なども、予想外な形でいんこと繋がっています。その真相は、本編で確かめてください。
連載が続く過程で、キャラクターに新たな設定が追加されるのは、多くの作品で見られます。
しかし、この見事な伏線回収を見ると、作者が初めに七色いんこという人物を綿密に作り上ていたことがわかります。十分に計算されたタイミングで、少しずつ彼の過去に繋がるエピソードが配置されていったのでしょう。
最終回を踏まえた上で、最初からもう一度読み直すのも面白いはずです。いんこがどのような想いで舞台に立ち、演技に臨んでいたのか、また違った味わいを感じられるのではないでしょうか。
著者手塚 治虫 出版日1982-10-01
俳優であり泥棒でもある七色いんこ、そのマスクの下に隠された真実とは?衝撃の最終回はぜひご自身の目で確かめてください!