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5分でわかるテヘラン会談!背景と内容、ヤルタ会談も含めてわかりやすく解説

ホンシェルジュ

第二次世界大戦中に、連合国を構成するアメリカ、イギリス、ソ連の首脳陣で開催された「テヘラン会談」。特にアメリカとソ連が顔をあわせるのは歴史的事件ともいわれますが、一体何が話しあわれたのでしょうか。この記事では、会談が開かれた背景、内容、影響などを、その後に開催された「ヤルタ会談」も絡めながらわかりやすく解説していきます。

テヘラン会談とは。場所や参加国など概要を簡単に解説

 

「テヘラン会談」とは、1943年にイランの首都テヘランで開かれた、第二次世界大戦時の首脳会談です。1943年11月28日から12月1日までの4日間にわたって実施されました。

参加したのは、連合国の主軸を構成するアメリカ、イギリス、ソ連の首脳と、外交のトップたち。

アメリカからはフランクリン・ルーズベルト大統領とハリー・ホプキンズ外交顧問、イギリスからはウィンストン・チャーチル首相とアンソニー・イーデン外務大臣、ソ連からはヨシフ・スターリン議長とヴャチェスラフ・モロトフ外務大臣が参加しました。

テヘランで開催されたのは、当時のソ連がドイツとの戦いの真っただ中で、スターリンが遠くまで足を運ぶのが難しかったから。ソ連から比較的近いテヘランが選ばれたのです。

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会議ではさまざまな議題が取り上げられましたが、なかでもドイツに対する第二戦線の構築と、ドイツが降伏した後のポーランドの国境、そしてソ連の対日参戦について議論されました。

後に「ビッグスリー」と呼ばれることになるアメリカ、イギリス、ソ連の首脳が初めて一堂に会した歴史的な会談ということに加え、日本にとっては現在でも未解決状態である北方領土問題の始まりでもあり、非常に重要な会談だといえるでしょう。

テヘラン会談がおこなわれた背景。カイロ会談も解説

 

ナチスを率いるヒトラーとソ連のスターリンが、1939年8月に「独ソ不可侵条約」を締結したことは、世界に大きな衝撃を与えました。両者はまさに犬猿の仲だと認識されていたからです。

その数日後の9月、ドイツがポーランドを侵攻したことで、第二次世界大戦の火蓋が切って落とされます。ポーランドはドイツとソ連によって分割されました。

しかし、その後ドイツとソ連の協調は長くは続かず、1941年6月22日、ドイツは突如として不可侵条約を破棄して、ソ連へ侵攻。独ソ戦が始まったのです。

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