濱口竜介監督、『寝ても覚めても』の男女について「映画で出会いを描くのは難しい」
濱口竜介監督、『寝ても覚めても』の男女について「映画で出会いを描くのは難しい」
「日本映画界の至宝」と言っても、決して大げさではない。『ハッピーアワー』『親密さ』など彼が手がけてきた映画の数々は、鑑賞前と後とでは世界が違って見える。孤高の映画監督、濱口竜介。その才能は日本国内だけではなく海外にもとどろき、「世界の濱口」と称されることも。
これまでの映画は、いわゆる「インディペンデント映画」にくくられている。しかし、そんな濱口監督の満を持しての商業デビュー作となったのが、柴崎友香の小説を映画化した『寝ても覚めても』だ。そこで今回は、濱口監督に同作について話を訊いた

まず『寝ても覚めても』で素晴らしいところは、朝子(唐田えりか)と麦(ばく/東出昌大)の出会いの場面。一目惚れというにもあまりにも瞬間的。二人はその出会いを「運命」の一言ですませるが、朝子、麦の話を聞いた友人・岡崎(渡辺大知)は「そんな馴れ初め、あるわけがない」と驚く。この岡崎のツッコミが、この映画にとってキーワードでもある。

「映画の中で人と人の出会いを描くのは本当に難しいんです。『ハッピーアワー』は、主人公の女性4人が、すでに仲が良いところから物語が始まっています。人と人が出会い、仲を深めていく表現にどのように説得力を持たせていくか。そこがいつも悩ましい。でも今回に限っては、麦というキャラクター性がその表現を担ってくれている気がします。無根拠に動くことができる人間であり、好きだから好きという行動のみがそこにある。現実の恋愛には当然段階があるけど、これは映画でもあるので、それは必ずしも必要とはしないのではないかと。そして、その段階のなさを朝子は受け入れます。そういったところを含めて、キャラクター表現になっています。一方で、ご指摘の通り岡崎の『そんなわけはあるか』という言葉があり、それがこの映画とそれを観る人との関係を断ち切らない役割となっています」

濱口映画の大きな特徴として、登場人物の会話の多さがある。何かを巡って、人物同士が向かい合い、時間を使ってじっくりと対話する。しかし麦、朝子はそれほど対話をしない。だから朝子は、大好きな麦の素性を実はあまり知らない。

「いつも、台詞を書くときにこう思うんですよ。『こういう台詞を言うってことは、それは人に言える程度のものであって、本心は違うんだろうな』って。つまり、言っていることと、やることが究極的にずれてしまう人物をずっと描いてきたんです。でも朝子に関しては、自分の中で不確かなことを口にしない。だから、あまり喋らないのだと思います。唐田さんにも、『朝子が口に出して言うことは全部本当の気持ちです』と伝えました。しかし、それでも言葉はどこまでも自分を裏切っていくもの。朝子も、結局言っていることとやっていることが違ってくる。しかし、ちぐはぐになるけど、一つ一つの決断が全部本当の気持ちに見える。ちぐはぐだけど筋が通っている」

麦は、朝子の前から突然姿を消す。そして数年後、朝子は麦と見た目がそっくりな男性・亮平(東出昌大)と出会う。戸惑いながらも彼に惹かれていく朝子。麦のときとは違って決して劇的ではないが、少しずつ愛を育んでいく。だが、とある出来事が朝子と亮平の歯車を狂わせる。

朝子の行動は、「自分の感情を尊重する」というもの。そこで連想したのが、濱口監督が酒井耕監督と組み、東日本大震災の津波被害を受けた人々の対話を記録した、2013年のドキュメンタリー『なみのおと』だ。この映画の中で「てんでんこ」という言葉が出てくる。「もし津波が起きたとき、周りを気にせず自分を優先して逃げろ。そうしたら、またいずれ家族や友人と再会できる」という意味だ。朝子が後半でくだす様々な決断は、てんでんこを思い出す。

「今回特に意識をしていたわけではないですが、そのご指摘はとても嬉しいです。確かに『なみのおと』で、てんでんこの話を聞いたとき、その意味に深く納得しました。一方でまたそれは、本当に難しいことだなとも感じました。てんでんこという考え方はそれ以降、自分の中で何かしら生きています」

劇中には、アントン・チェーホフの戯曲『三人姉妹』や、ヘンリック・イプセン原作の舞台『野鴨』などが意図を持って出てくる。物語を積み上げる上での「背景」も作り込まれているが、中でも特に、朝子が麦、亮平と一緒に見る牛腸茂雄さんの写真展のあり方が絶妙だ。胸椎カリエスで幼少にして成長が止まり、36歳で亡くなった牛腸さん。その写真は、自分と他者の関係、まなざし、日常を切り取ったものが多い。

「牛腸さんの作品はすごく不思議で、そこに人が立っているだけで、その人の生きている威厳のようなものを感じるんです。今回の脚本には、朝子、麦が『写真展を見ている』という場面だけ書いていたので、そこで浮かんだのが牛腸さんの作品『SELF AND OTHERS』でした。『ダイレクトすぎないかな』と不安になるくらい、この映画のテーマに響きました。写真展の場面では、生プリントを展示させていただきました。牛腸さんの写真が、自分の映画の一部になっていることが誇らしいです。そういった細かい要素も楽しんで、本作をご覧になっていただきたいです」

映画『寝ても覚めても』は全国公開中。
(更新日:2018年9月12日)

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