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表現者として二刀流に挑む平野歩夢。東京オリンピック出場後、今思うこと

ダ・ヴィンチNEWS

 東京オリンピックで新競技として注目を集めたスケートボード競技。4歳でスケートボードを始め、小学2年生のとき、天才スケートボード少年として取り上げられたテレビ番組では「スノーボードとスケートボードの世界一になりたい」とコメントを残した平野歩夢選手。弱冠15歳でソチオリンピックの銀メダルに輝き、平昌オリンピックで2大会連続の銀メダルを獲得してから、9カ月後。平野選手は「同じタイミングで始めた競技。オリンピック種目になってしまった以上は、スルーするわけにはいかない」という言葉と共に二刀流挑戦を宣言した。

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 同選手の前人未到の挑戦を追ったドキュメンタリーエッセイ『Two-Sideways 二刀流』(KADOKAWA)が9月24日に発売された。世界との壁、コロナ禍での葛藤、東京オリンピックの延期、そして次に控える北京オリンピックへの思いなど、同書ではべールに包まれた約3年間の歩みを、未公開写真と本人のコメントと共に振り返っている。今回はその一部を紹介したいと思う。

2022年。限界の先を目指して

 二刀流を宣言した当初、平野は「他人が辿り着けないようなことを夢にしたい。誰も経験していない自分にしかできないことを表現したい」といった発言をすることが多かった。しかし、東京オリンピックを目前に控える時期になって、その内容が少し変わってきた印象がある。話の中に「子供たち」や「未来」というワードが頻出するようになったのだ。

「3年間二刀流にずっと打ち込んできたことで、先のことが少しずつ見え始めてきたのかもしれません。まだ知りきれてはいないけれど、始めた頃よりもわかってきたことがたくさんあって、だいぶ考えやすくなってきました」

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 最初は「誰もやっていないこと」という、シンプルに自分自身への挑戦がきっかけではあった。しかし手探り状態で二刀流に挑戦し続けるうちに、この表現を通して自分がなにをどのように伝えたいのか、ようやく考えられる気持ちになってきたのだと言う。

「スポーツだけじゃなくて何事も本気で打ち込んだときって、やり切る勇気が持てなかったり、やりたくない気持ちになってしまう瞬間が必ずあると思うんです。本気であればあるほど、やっても無駄かもとか、どうせ俺なんて失敗するに違いないって気持ちは湧いてくる。もしも、誰かがそんな気持ちや立場になったときに、俺の今回の挑戦がちょっとでも力になってくれたら嬉しい」

 どこか遠いところですごいことをやっている他人、で終わらせるのではなく、自分自身の現実に置き換えて考えてみるきっかけになってほしい、と平野は続ける。

「もう少し頑張ってみようとか、なにか夢が持てたとか、周りの人にそう思ってもらえるのが俺にとっては一番。でもそのためには、まずは俺自身がいかに表現してみせるかがなにより大事。その結果、子供たちに『平野歩夢を追い越したい』と思われる存在になれたら最高ですね。俺も子供の頃にそう思えた存在がいて、それが大きな力になったからこそ、今の自分がいるので」

 持っているものを全て出し切り、横乗りや競技の魅力をさらに広めたい。兄弟や家族、身近な人やその先にいる人にまで、力を与えられるようなパフォーマンスを見せたい。そんな気持ちを胸に臨んだ東京オリンピックでは、残念ながら上位8人で争う決勝の舞台に進むことは叶わなかった。しかし、スノーボード仕込みの高いエアや540もメイクし、持ち前のアグレッシブな滑りを披露。世界最高の舞台に立ち、全力でプッシュし続ける姿は、大きな興奮と感動を呼んだ。

「楽しく滑れたので、この経験を次に生かしていきたいなと思います。悔いなく終われました」

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