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「夏には痩せろ江川ブタ」から魔球「コシヒカリ」…“キャラ変”に成功した江川卓の快進撃?【プロ野球はみだし録】

週刊ベースボールONLINE

“原効果”で才能が開花?



巨人・江川卓

 一軍での初登板で、まず最初にマウンドで客席に頭を下げた投手は前にも後にも1人だけだろう。巨人の江川卓だ。球場へ足を運んだ観客への感謝ではない。謝罪だ。プロ入り前から“怪物”の異名を取っていた右腕は、ドラフトの経緯で世間を敵に回した。開幕から2カ月、一軍登録が禁止され、そのペナルティーを経ても、江川は四面楚歌だったのだ。

“ヒール”としてキャリアをスタートさせた江川。周囲の冷たい視線と呼応するように、江川に笑顔は少なく、チームでも孤立していたように見えた。そんな江川に変化が見られ始めたのが1981年だ。プロ入り前から親交のあった原辰徳が入団。当時、江川の変化は“原効果”ともいわれ、のちに原は「僕が変えたというより、本来の江川さんが出始めたということではないですか」と振り返っている。それにしても劇的な変化、いや変身だった。今風にいえば“キャラ変”といったところか。

 81年、藤田元司監督から減量を指示された江川だが、なかなか痩せず、「夏には痩せろ江川ブタ」などと自虐の詩。そこに“ヒール”の面影はなかった。笑顔も冗談も増えてきた江川は、この81年に20勝で最多勝、防御率2.29で最優秀防御率221奪三振もリーグ最多、勝率.769もリーグトップで、キャリアは最終的には9年にとどまったが、いずれもキャリアハイの数字。巨人もリーグ優勝、日本一となって、江川はMVPに輝いている。


CMで桃太郎に扮した江川

 その後の江川は81年の成績を上回ることはできなかったものの、キャラクターは進化を続けた(?)。83年から右肩痛に苦しめられ、100球を超えると崩れることも多くなったが、打者の腰を引かせるスライダー系の変化球を「コシヒカリ」と命名。すると実物のコシヒカリが送られてきて、これに味を占めた江川は、新たに“マスクメロン”なる魔球(?)を開発している。マスクメロンが江川に届いたという資料は手元にはない。ちなみに、劇的な“キャラ変”を成功させた江川はCMにも進出しており、不二家ネクターのCMでは、もちろんメロンではなく、桃から生まれた桃太郎に扮して、両手にネクターを掲げて笑顔を見せていた。

文=犬企画マンホール 写真=BBM

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