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日本の秀作・インディペンデント映画を中心にした新しい映画配信メディア「鳴滝」主宰・西田宣善氏インタビュー

cinefil

日本の秀作・インディペンデント映画を中心に、古典や隠れた名作に光を当てる新しい配信メディア「鳴滝」。サイト名の由来である「鳴滝」は、夭折の天才監督・山中貞雄を中心に結成された脚本家集団「鳴滝組」へのオマージュが込められている。日中戦争の最中、中国の戦場で兵士として亡くなった山中は、その遺書に「最後に、先輩友人諸氏に一言 よい映画をこさえて下さい。」と書き残した。コロナ禍と東京五輪という現在とかつての戦時下が重なり、狂気にひた走るいまの日本において、この山中の志ほど意義深いものはないだろう。

世界配信に先駆け、6月1日から国内配信が始まった本サイトの主宰で映画プロデューサーの西田宣善氏に、いまの日本映画界が抱える問題点や現状を踏まえてお話を伺った。

「鳴滝」主宰・西田宣善さんインタビュー

「鳴滝」設立の経緯

――まず、今回新しい配信メディア「鳴滝」を立ち上げるに至った経緯を教えていただけますか?

西田
もともとの構想としては、7年ほど前から映画サイト「OUTSIDE IN TOKYO」を運営されている上原輝樹さんと一緒に英語と日本語のバイリンガルによる新しい映画サイトをつくりたいという企画から始まりました。その後、収益を考える上で動画配信を取り入れる方向へとシフトし、私の会社(オムロ)が京都に移転したこともあって「鳴滝」と命名し、「京都発」という特色を打ち出しました。映画やマスコミをはじめ、文化全般は基本的に東京が主体となっていますが、そこをあえて京都発とし、京都から世界へ映画文化を発信していくという意味を込めています。

――今回、第一回目として配信される溝口健二監督の『元禄忠臣蔵』前後篇(1941-42)も、そうした世界へ向けた姿勢を意識して作品選定をされたのでしょうか。

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西田
『元禄忠臣蔵』に関しては、監督である溝口健二は私がライフワークとして研究している映画監督なので、当初から一本は入れたいとは思っていましたが、松竹さんとの話し合いのなかで前後篇の配信が決まりました。これも忠臣蔵なので、舞台は東京や赤穂(現在の兵庫県)が主ですが、撮影はすべて京都で行われた作品です。当時は京都に多くの撮影所があったので、東京のシーンも京都で撮っていたりしました。東京にも撮影所はありましたが、撮影所の数でいえば京都のほうが多かったのです。例外はありますが、大まかにいえば、時代劇は京都、現代劇は東京で撮影するという棲み分けがあった。だから時代劇は、ほとんど京都でつくられたといえます。やがて1950年代に入り、『羅生門』(50)、『地獄門』(53)、『雨月物語』(53)、『山椒大夫』(54)といった京都発の重要な作品が世界に出ていくことになる。それらを踏まえた上で、もう一度、京都から世界へ向けて映画の再発信をするという意味合いはありますね。

2022年には文化庁が京都に移転しますが、今後ローマにおけるフィレンツェのような「文化首都」として京都が位置づけられることもあり得ると思います。今回の「鳴滝」によって再び京都が映画都市になるとはいえませんが、少なくとも映画の話題として、東京だけでなく、京都の名前も上がるようにはしたいと考えています。実際、いまでも京都には映画館や映画の学校が数多くありますし、多くの映画人も住んでいます。巷でも子どもの頃に映画のエキストラに出ていたという人がいたり、かつての地場産業だった映画に関わりのある人はまだたくさんいる。だから、潜在的な観客や映画ファンも多くいるのだと思います。

溝口健二監督『元禄忠臣蔵』
写真提供:松竹株式会社

インディーズの映画人として

――西田さんは京都が舞台の映画である鈴木卓爾監督の『嵐電』(2019)もプロデュースされています。

西田
「嵐電」は私が生まれたときから側に走っていた電車なので、それを題材にした映画をつくりたいという思いは以前からありましたが、私がまだ東京にいた5年ほど前に「嵐電を舞台にしたラブストーリー」というだけの漠然とした構想を鈴木卓爾監督にお願いしたことが始まりです。私が東京から京都へ帰ってきて初めて撮影した映画でもあります。

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