わがピッチングとお酒の師匠、安仁屋宗八さん(川口和久WEBコラム)
わがピッチングとお酒の師匠、安仁屋宗八さん(川口和久WEBコラム)
人格者。安仁屋さんを悪く言う人はまずいない 今回は俺の師匠、安仁屋宗八さんの話をしよう。 2016年、カ

人格者。安仁屋さんを悪く言う人はまずいない

 今回は俺の師匠、安仁屋宗八さんの話をしよう。

 2016年、カープが25年ぶりの優勝をした年に、安仁屋さんが臨時コーチとして春季キャンプに招かれた。
 
 たぶん、ピッチャーには、こう言っていたと思う。
「困ったらインコースに投げろ!」
 体に近いボールはバッターの脅威になる。強く振ってくるタイプほど、インコースにきっちり投げ込めば打ち取れるんだ。
 まあ、甘く入れば、一発の可能性もあるけどね。

 俺が現役時代、一軍コーチだった安仁屋さんにマウンドでよく言われた。
「カワ、インコースいかんかい! 逃げるな」
 それは結局、俺の投球スタイルになったし、もう一つ、安仁屋さんの考え方で、すごく楽になったことがある。
 要は、やられ方、打たれざま、というのかな。ピッチャーは、相手打者をいつも完ぺきに抑え込めるわけはない。打たれることは必ずあるけど、どうせ打たれるなら攻めろ、きっちりインコースに投げろ、という考え方だね。あれで頭の中がシンプルになった。
 確かに逃げて打たれるより、引きずらないからね。

 俺がカープに入った1981年は、安仁屋さんの現役最後の年だった。沖縄がまだアメリカの統治下だった64年のプロ入りで、スリークオーターのフォームからのシュートが武器だった。

 あの年、安仁屋さんは一軍で1試合投げただけだった。前の年に阪神からカープに復帰したけど、酒の飲み過ぎで十二指腸潰瘍になって出遅れたのが響いたらしい。
 さすが安仁屋さん、ほんと酒が好きな人だからね。

 だから試合でのピッチングは、ほとんど見てないけど、シュートがすごいなと思った。2種類あって、右打者なら横に滑って内に刺してくる球と、沈む球があったんだ。
 インコースの攻め方も極端でね。ふつう投手は内角と言ってもベース板を通過する球を投げる。だけど、安仁屋さんの考えは打者の近くを通る球なんだ。ベースじゃなくてね。

 確かに近くに構えるか、離れて構えるかで違う。カウント球はベース板の上だけど、ここぞ、の球はベース板を無視して打者の近くに投げ込んだ。
「当たったら当たったでしゃあないじゃないか」
 とも言ってた。ふだんは優しい人だけど、マウンドでは絶対に逃げなかったね。
 いま思うと、切り替えがうまかったからかもしれないな。

 安仁屋さんが、コーチ時代、俺が現役時代の話に戻ろう。
 俺も別にメンタルが弱かったわけじゃないけど、やっぱり打たれた後はめげる。
 遠征先だと、ホテルの部屋でああでもない、こうでもないと、じっとしてることもあった。ただ、安仁屋さんは、そういう俺を絶対、ほっておかない。

 夜中に部屋のドアをガンガンとたたき、怖い顔をして、
「お前、何で部屋におるんや。こいう日は酒飲んでこい!」

 選手とコーチの関係で一緒に飲みにいったことも何度もある。お互い酒を飲んで語るのが好きだったしね。
 俺にとっては、それがすごくプラスになった。まあ、くだらない与太話も多かったけど、やっぱり野球の話には必ずなる。そこで安仁屋さん自身もそうだし、コーチや監督がどういう視点で選手を見ていて、どう考えているのかがすごくよく分かった。

 選手にとって、これは結構大事な情報なんだ。

 ピッチャーは、どんな場面でも、どんな打者で完ぺきに抑え込みたい。でも、ベンチから見たら、ここは四球でもいいとか、ここはヒットでもやむなしという場面もある。それが安仁屋さんとの話で分かって、少しだけど楽になったんだ。

 お互い飲むと結構、深酒になるタイプだったから、門限を一緒に破って朝まで飲んだこともあったな。そんなコーチ、安仁屋さんだけだろうね。

 ただ、夜は元気だけど、昼間は結構、寝てたよ。沖縄キャンプときは特にそう。沖縄の英雄だから誘いも多かったんだろうね。

 当時、沖縄キャンプはブルペンの奥にガジュマルの木があって、サングラスをかけた安仁屋さんは、いつもそこに寄りかかっていた。

 最初は投げながら時々、「安仁屋さん、いまのどうでした?」って聞いていたけど、途中でやめた。

 だって、ほぼ寝てるんだもん。

 豪快で優しい。昭和の野球人だった。お酒をエネルギーに変えられる人だったね。 
(更新日:2018年7月29日)

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