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早実・王貞治、投打で際立った怪物(甲子園ヒーロー列伝/01)

週刊ベースボールONLINE


ハンカチも元祖はこちら?早実・王貞治

 100回の記念大会を迎える夏の甲子園。週べオンラインでも、本大会開幕まで、甲子園を沸かせた伝説のヒーローたちを紹介していこう。

 第1回は東京・早実の怪物左腕、王貞治。2015年の高校野球100周年大会では始球式を行い、見事なストライクで沸かした。

 巨人で通算868本塁打を放った世界のホームラン王。高校時代から特大ホームランで甲子園を沸かせ、投手としても傑出し、1957年センバツでは2年生エースとして優勝も飾っている。

 56年、のち「一本足打法」を授けてもらい、打撃の師と仰ぐことになる毎日オリオンズの荒川博の勧めもあって、荒川の母校でもある早実に入学。当初は「電気技師になってほしい」という父親の希望で進学校の墨田川高を受けたが、不合格となっていた。

 すでに身長は170センチを超え、荒川が中学生時代の王を高校生と間違えた逸話からも分かるように、体もがっしりしていた。
 投手としての入部で球も速かったが、最大の課題は制球難だった。

 1年夏は投手兼レフトとして甲子園の土を踏む。2学年上に徳武定之(のち国鉄ほか)、醍醐猛夫(のち毎日)がいた時代だ。王は2戦目で先発も危惧されたとおり四球連発で岐阜商高相手に1対8と大敗した。

 早実・宮井勝成監督にとって、秋の新チームの最大の課題は、新エースとなった王の制球難克服。ここで総監督であり、朝日新聞の記者でもあった久保田高行が体の無駄な動きが出にくいノーワインドアップ投法を伝授する。メジャー・リーグ、ドン・ラーセンがやっていたものだが、当時の日本では知る者はほとんどおらず、メジャー通で知られた久保田だからこそのアドバイスだった。

 これで王は見違えるほど制球がよくなり、さらに球速、球のキレも増した。

 優勝投手になった2年生春、57年センバツが「投手・王」のピークだったかもしれない。初戦(2回戦)の寝屋川高(大阪)から柳井高(山口)、久留米商高(福岡)と3試合連続完封。決勝の高知商高戦8回に3点を失うまで34イニング無失点を続けた。
 途中、中指と人さし指の血豆が破れ、決勝は“血染めの白球”と話題になったが、本人は「テストなどがあって練習不足が響いただけ」とそっけない。5対3で勝利を飾り、関東に初めてのセンバツ優勝旗をもたらした。

 同年夏も初戦(2回戦)で同じく寝屋川高と当たり、今度は延長11回ノーヒットノーラン。しかし続く法政二高戦(神奈川)では自身の悪送球もあって早々に敗れた。
 実は、王はそれ以前からフォームを崩しており、この夏は「怪物投手」から「大会屈指の好投手」になっていた。

 3年センバツは、むしろ打者・王がクローズアップされた大会だ。初戦(2回戦)・御所実高戦(奈良)で甲子園初本塁打、敗れはしたが、準々決勝の済々黌戦(熊本)でも2試合連続弾をライトスタンドに運んでいる。

 最後の夏は東京大会決勝で明治高と対戦。延長12回表に4点を取りながら、その裏5点を奪われ負けた。

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