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有吉弘行もウンナンに頭が上がらない?「電波少年」誕生の奇跡過ぎる経緯

アサ芸プラス

「進め!電波少年」は、1992年から2003年まで日本テレビ系で放送された人気バラエティ番組だ。タレントの松本明子と共に司会を務めたお笑いタレントの松村邦洋や、お笑いコンビ「猿岩石」としてヒッチハイク企画に出演した有吉弘行にとっては、世間の知名度を高めるに至った恩深い番組と言えるだろう。

 その番組の生みの親である日テレの名プロデューサー・土屋敏男氏が、松村のYouTubeチャンネル「松村邦洋のタメにならないチャンネル」に出演。意外な番組誕生秘話を明かした。

 2021年4月29日に〈【土屋敏男コラボ】土屋さんがヒット番組を作ったワケ!有吉弘行の猿岩石時代!アポなし企画誕生の秘話を語る!〉と題した投稿回がそれだ。

 当時、「電波少年」の枠で放送されていたのは、ウッチャンナンチャンと出川哲郎らが出演するバラエティ番組「ウッチャン・ナンチャン with SHA.LA.LA」だった。ところがこの番組、ウッチャンナンチャンがフジテレビ製作の映画「七人のおたく」に出演することから、3カ月の放送休止状態となった。そのため、つなぎとして放送されたのが「電波少年」だったというのだ。結果は、斬新な企画が功を奏し、世間の注目を集め放送期間を延長している。

 土屋氏が「電波少年」以前に担当していたバラエティ番組は、土屋氏いわく1.4%の低視聴率だった。ゆえに、いわば干されているに近く、ヒマだったことからつなぎ番組を担当することになったというのだが、「電波少年」がなければ、その後ヒットメーカーと言われることもなかったであろう。土屋氏に松村、そして有吉も、ウッチャンナンチャンには頭が上がらない?

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(ユーチューブライター・所ひで)

 
   

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