「ウルトラ特撮PERFECT MOOK vol.4 帰ってきたウルトラマン (講談社シリーズMOOK)」(講談社)

【画像】え…っ? 「子供だったら絶対欲しい」「回転するのかっこよ!」 これが最新ウルトラマンの「変身アイテム」です(4枚)

敏腕プロデューサーの鶴の一声で、『マン』『セブン』とは違ったリアル路線に!

 ベーターカプセルやウルトラアイといえば、ウルトラシリーズに欠かせない変身アイテムです。しかし、唯一の例外が1971年から放送された『帰ってきたウルトラマン』で、シリーズのなかで郷秀樹だけが変身アイテムを持っていませんでした。なぜ『帰ってきたウルトラマン』には、変身アイテムがなかったのでしょうか。それは、局側のプロデューサーの方針が大きな影響を与えていたのです。

『帰ってきたウルトラマン』には、TBS側のメインプロデューサーであった橋本洋二さんのポリシーが色濃く反映されていました。橋本プロデューサーの代表作は、1969年『柔道一直線』や1971年『刑事くん』です。両作ともに桜木健一さん主演で、それまでの超人的ヒーローから等身大の生身のヒーローが成長過程にある未熟なヒーローが成長していく姿を描いて、大ヒットしていました。

『帰ってきたウルトラマン大全』(双葉社)に掲載されたインタビューによると、橋本プロデューサーが番組に掲げたテーマは、主題歌冒頭の歌詞である「君にも見えるウルトラの星」に尽きるとのことです。また、橋本プロデューサーは以下のように語っています。

「それはM78星雲じゃない、もっと身近な、君にだってその気になればウルトラの星が見えるんだよということです」(『帰ってきたウルトラマン大全』より)

 橋本プロデューサーが発案した新しいウルトラマン像は、それまでの1966年の初代『ウルトラマン』や1967年『ウルトラセブン』のような完璧なヒーローではなく、子供たちが「自分に引き比べて見ることができる」ような、才能はあるが欠点も多く抱えた成長過程のヒーローとして描かれることになりました。

 郷は変身前のMATチームでも新米故の未熟さがあり、失敗を繰り返しながら成長していきます。さらに、好きなときにウルトラマンに変身できず、生身のままの人間として全力を尽くした上でやっと変身できる設定でした。そのため、変身ポーズも変身アイテムもなかったというわけです。

『帰ってきたウルトラマン』が放送された1971年には、全国に「変身ブーム」を巻き起こした『仮面ライダー』が放送されていました。子供たちがライダーの変身ポーズを真似て、「ライダーベルト」も飛ぶように売れていた時期に、あえて時流に逆らうように変身アイテムを封印したのです。

 それでも、終盤になって郷がMAT隊員として成長すると、人間としてギリギリまで戦う状況が減ってきます。ドラマの展開上、変身ポーズが必要になり、途中から手を上げると変身できる設定に変更されました。

 それまで自分の制作姿勢を貫いていた橋本プロデューサーでしたが、続いてプロデュースした特撮版逃亡者をめざした『シルバー仮面』が視聴率で苦戦し、路線変更を余儀なくされます。ここである程度、視聴者やスポンサーのニーズも聞き入れるようになったのか、1972年『ウルトラマンA』からは変身アイテムが復活しました。

 そのため『帰ってきたウルトラマン』は変身アイテムのない唯一のウルトラマンとして、ファンの記憶に残っています。