アニメ『推しの子』第1話で描かれるアイの姿。一見するとこのアイが物語の主人公に思えてしまう? (C)赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会

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「不可解」と思える部分に「重要な謎」がある

 アニメ『推しの子』は、2023年4月に放送がスタートして以来、高い人気を獲得している話題作です。YOASOBIが手掛けたオープニング「アイドル」も1億回再生されるなど、いま最も勢いに乗っている作品ではありますが、視聴者の一部で賛否両論となっています。

※当記事は放送中のアニメ『推しの子』のストーリーに関わる記述がありますのでご注意下さい。

 ストーリー・作画・演出・テンポ、どれも非の打ちどころがないほどの傑作にもかかわらず、否定的な意見も目立つ状況について、どのような理由が考えられるでしょうか。

 まず主な理由としては、一見すると「アイドルがサクセスストーリーを駆け上がっていく作品」に見えるからだと思われます。キービジュアルはアイがメインで、最初に公開されたPVを見ても、ひそかに子供を産んだアイドルが、出産の事実をひた隠しにしつつもアイドルとして成功を収めようと奮闘する物語に見えるようになっているのです。

 しかしアニメをある程度見た方や原作を読まれている方ならご存知のように、アイは凶刃に斃(たお)れ、アイの子供であるアクアとルビーが見守る前で息を引き取ります。そして時間が流れ、アクアとルビーが成長してから、真の物語であるアクアの復讐が始まるのです。

『推しの子』はアイドルが隠し子を育てながらスターダムにのし上がるサクセスストーリーではなく、芸能界の裏事情を垣間見ながらアクアがアイを殺した犯人を突き止め、復讐を遂げようとするミステリー作品だった……このギャップを受け付けなかった方が、一定数いたのかもしれません。

 特に近年のアニメでは、アイドルが夢や目標に向かって頑張りぬく物語や、日常のなかでの癒しを描写する作品が数多く放送されています。そういった作品を好む方々にとって『推しの子』は合わないと感じるのは仕方がありません。ミステリー作品に情報のミスリードが仕込まれるのはごく当たり前のことです。

 ただ、アイドル作品としての印象が強かったために生まれたすれ違いだけで、これだけの傑作を拒否するのは大変惜しいのではないでしょうか。

 また、否定的な意見のなかには、「16歳のアイが子供を産んだのはだらしない、そこが受け付けない」というものも散見されますが、それは考えが逆です。「なぜアイは16歳で妊娠したのか、産む決断を下したのか」という点も、作品の大いなる謎のひとつだからです。原作でもまだ明かされていない謎ではありますが、少なくともアイがそれほど幸せな子供時代を送ってこなかったことは、わずかですが情報が出ています。



アニメ『推しの子』劇場先行上映の告知ビジュアルでは、アクアとルビーを育てる母親らしいアイの姿が描かれた (C)赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会

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アニメ『推しの子』はまだまだ先がある

 アイを妊娠させた相手が誰なのか、殺したのは誰なのか。原作ではすでに登場していますが、今回のアニメ化でどこまでの情報が公開されるのかはまだわかりません。少なくとも、アニメの序盤で判断を下すにはあまりにも惜しい作品なのです。

 近年はアニメの放送数があまりにも多く、1話で見るのを止める「1話切り」をする方も存在しています。実際問題として話題作や期待作を見るだけでもひと苦労という方も多いでしょう。

 序盤での視聴中断を防ぐため、『推しの子』の制作陣はさまざまな工夫を施しています。劇場公開というマーケティング面の理由もあるでしょうが、1話を最も「キリがいいシーンを入れるため」90分スケールにしたのもその一環でしょう。率直にいって、3話にあのシーンがあったら『推しの子』をアイが主人公のアイドル作品だと考えていた視聴者が激烈な反応を見せる可能性が高いと思われます。

 かつて『魔法少女まどか☆マギカ』では、3話で先輩魔法少女の巴マミが戦死するショッキングな場面がありましたが、これは脚本家が殺伐とした作風に定評があった虚淵玄氏だったことから「やっぱりな!」という意見も多数見られ、話題にはなりましたが問題とはなりませんでした。

 しかし、『まどマギ』から12年経った現代では、Twitterを始めとするSNSの普及が大きく進み、作者や制作スタッフと視聴者の距離が著しく近くなっています。クリエイターはある程度否定的な意見が出ることは覚悟しているものですが、あまりに多いと心を病みがちです。しかも『推しの子』のようなミステリー作品は情報をミスリードさせる展開も多いため、誤解した状態や情報不足の状態で否定的な意見を出されても、反論できないというジレンマもあるのです。

 アニメ『推しの子』にはまだまだ先があります。今はただ、当代一流のクリエイターたちがどんなものを見せてくれるのかを、楽しみに待つ段階ではないでしょうか。

※アニメ『推しの子』は、TOKYO MX、テレビ北海道、テレ玉、チバテレ、テレビ愛知、サンテレビ、TVQ九州放送、BS11などで毎週水曜日深夜に放送中。Amazonプライムビデオ、ABEMA、dアニメストア、Hulu、DMM TVなど各配信サービスでも視聴できます。