戦前は禁書扱いだった『とりかえばや物語』

 男女が入れ替わる『君の名は。』の特殊な設定ですが、元ネタとなっているのは平安時代後期に成立したとされている古典文学の『とりかえばや物語』です。ある高貴な貴族の家に生まれた、顔のそっくりな異母兄妹が主人公です。

 元気で利発に育った女の子は、やがて「若君」として朝廷に士官します。美しく、おしとやかに育った男の子は、「姫君」として皇女に仕えることになります。しかも、女性であることを隠した「若君」は政務官としての才能を大いに発揮し、お嫁さんまでもらってしまいます。平安時代ながら、相当にぶっ飛んだ物語です。

 この男女の立場が入れ替わる奇想天外なストーリーは、日本人に長く親しまれてきました。中性的なキャラクターを好んで描いた手塚治虫氏のマンガ&アニメ『リボンの騎士』、実写映画化やアニメ化に加え、宝塚歌劇団によって舞台化もされた池田理代子さん原作のマンガ『ベルサイユのばら』、山中恒氏の児童文学を大林宣彦監督が脚色した青春ファンタジー映画『転校生』(1982年)など、さまざまな形になって受け継がれてきています。

 柴咲コウさんが将軍・徳川吉宗を演じた異色時代劇『大奥』(2010年)、かっこいい王子さまに憧れる女の子が男装して大活躍する学園アニメ『少女革命ウテナ』(テレビ東京系)なども、広い意味での『とりかえばや物語』だと言えるのではないでしょうか。

 戦前や戦時中は、「変態的だ」と『とりかえばや物語』は禁書扱いされていたそうです。男尊女卑の時代には、女性の有能さを描いた物語は都合が悪かったのでしょう。

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三葉と瀧を分断する大きな壁

 話を『君の名は。』に戻しましょう。高校生男女が入れ替わる『君の名は。』ですが、新海監督はジェンダー問題にはあえて踏み込んでいないようです。性の違いによる不平等は大きな社会問題ですが、本作では別のテーマに比重が置かれています。

 三葉と瀧は心と体が入れ替わることで、男女の違い、暮らしている環境の違いなど、お互いのことを深く理解するようになります。しかし、ふたりの間には、さらに大きな壁が立ちはだかることになるのです。物語後半、三葉は生命に直結する大災害の「当事者」となり、一方の瀧はその大災害をテレビや新聞で報じられるニュースのひとつとして傍観する、「非当事者」という異なる立場に引き裂かれるのです。

 新海監督は東日本大震災が起きた直後の2011年7月に宮城県名取市を訪れ、本作の企画を思いついたそうです。マスメディアが伝える大災害による犠牲者数の多さに驚くことはあっても、被災地と直接的な関係がないと、その数字のひとつひとつが自分と同じ人間であることまではなかなか想像が及びません。海外で起きた戦争やテロは、さらに遠い出来事のように感じてしまいます。

 顔を合わせたことのない人でも、名前を知らない赤の他人であっても、相手の立場に立って物事を考えることができれば、世界は大きく変わっていくのではないでしょうか。遠く離れた相手を思いやることの大切さを、新海誠作品から読み取った人は少なくないはずです。

 人と人のつながりが希薄になったと言われる現代社会ですが、そんな現代人の潜在意識に訴えかけるものが、劇場アニメ『君の名は。』にはあったのではないでしょうか。