主人公の炭治郎とともに、鬼舞辻無惨が描かれる、『鬼滅の刃 浅草編』キービジュアル (C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

【画像】『鬼滅の刃』無惨様が名づけたとされる鬼たち(5枚)

「鬼」になって名前が変わる者と変わらない者の違いは?

『鬼滅の刃』作中に登場する鬼たちは、その多くが人間だったときの記憶を持ちません。そのなかで彼らの「名前」に注目すると、不思議なことが見えてきます。「人間の時の名前をそのまま名乗っている鬼」と「別の名前を名乗る鬼」がいるのです。

 例えば、「遊郭編」に登場する上弦の鬼「堕姫(だき)」は、人間の時は「梅」と呼ばれていましたので、本名ではありません。同じく上弦の鬼である「妓夫太郎(ぎゅうたろう)」については「妓夫(ぎゆう)」とは「遊郭で主に客の呼び込みや集金をしていた役職」です。妓夫太郎は役職名を、自らの意志で自分の名前にしたようですので、これは「本名」でしょう。

 一方、下弦の鬼「累(るい)」は、頸(くび)を斬られた時に垣間見た走馬灯のなかで、両親より「累」と呼ばれていますから、これも本名なのでしょう。

『鬼滅の刃』公式ガイドブックによると「十二鬼月」の名前は「鬼の王・鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)に名づけられた」とされています。

「遊郭編」までに登場した下弦の鬼としては、「魘夢(えんむ)」「轆轤(ろくろ)」「病葉(わくらば)」「零余子(むかご)」「釜鵺(かまぬえ)」が挙げられます。この他に、元・下弦の陸「響凱(きょうがい)」、「外伝」に下弦の弐「佩狼(はいろう)」も登場しています。

 いずれも人間だったときの名前はわかりませんが「響凱(きょうがい)」が本名、あるいは作家としてのペンネームである可能性があるだけで、他は本名ではないと思われます。名前に含まれた漢字の意味が、あまりにもネガティブだからです。

「魘」:「うなされる/恐ろしい夢に苦しむ」
「轆」:「車のわだち。また、車のとどろき」(轆轤は「回転する構造を持つ各種の装置」という意味です)
「病」:「体を悪くする、わずらう」(病葉は「病気や虫のために変色した葉」という意味です)
「零」:「取るに足りないまでに小さい」(零余子は「ヤマノイモ属の蔓になる肉芽」の意味も持ちます)
「鵺」:「不思議な声で鳴く得体の知れないもの」

 いずれも、前向きな意味を持ちません。「佩狼(はいろう)」には人間時代は新撰組だったことが示唆される絵がありますが、新選組隊士にそのような人物はいません。新選組の別名は「壬生狼(みぶろ)」とも言いますから、これも人間時代の性質が鬼としての名づけに影響しているのではないでしょうか。

 彼らの名付けをしたという「鬼舞辻無惨」は「配下の鬼が鬼殺隊などに自分の情報を漏らさないか」常時監視している人物でもあります。そして無惨が造りだした鬼は無数にいます。

 鬼になって知能が大幅に向上するような劇中描写はありません。ですから無惨が配下の鬼たちを管理するのは非常に面倒くさく、ストレスが溜まることだったのではないでしょうか。

 『鬼滅の刃』と時代背景が近い日露戦争中に、日本海軍は名前が長いロシア軍艦に「ニックネーム」を付けることで、兵士が覚えやすくしました。例えば、バルチック艦隊旗艦を務めた戦艦クニャージ・スヴォーロフを「国親父、座ろう」、戦艦ドミトリー・ドンスコイを「ゴミ取り権助」と呼んでいたようです。

 無惨も配下の鬼を覚えやすいように、鬼の血鬼術から「ニックネーム」を連想して、管理していたのではないでしょうか。

 名前を変えなかった鬼については、「累」は「糸使いなので、本名でも覚えやすいから変えなかった」。「妓夫太郎」は「遊郭で働いていた奴なので、覚えやすいから、そのままでいい」。妹の「堕姫」は「遊郭で働く堕ちた女だから、堕姫」という意味でしょう(公式ガイドブックによると、貴族である無惨はその辛らつな性格で、妻を発狂させています。身分のある妻相手でもこうなのですから、遊郭で生まれた梅も含め、配下の鬼たちに対する蔑視があったことは想像できます)。

「響凱(きょうがい)」については、無惨は下弦の鬼から格下げしても殺さなかった程度にはお気に入りだったようです。仮に「響凱(きょうがい)」が作家としてのペンネームで「人に響く文章を書く作家」のような意味だったとしても「鼓を使う血鬼術に合っている」と、そのままだったのでしょう。

 面倒くさがりで傲慢な無惨が「鬼に面倒な仕事を振るために、自分が認識するのに都合の良い名前」をあれこれ考えているところを想像すると、面白いかもしれませんね。