2話にしてもう山岡の失礼発言が飛び出す『美味しんぼ』1巻 (小学館)

【動画】アニメで描かれた『美味しんぼ』「お偉方」の寛大エピソード

「山岡構文」が完成したのは……?

 グルメマンガの金字塔『美味しんぼ』(原作:雁屋哲、作画:花咲アキラ)の人気が、また再燃してきています。理由のひとつには、なんといってもYouTubeにおけるアニメの無料配信が挙げられるでしょう。

 バブル真っ只中の日本における、煌びやかな都会的雰囲気。たびたびアニメファンが話題にする、作画の異常なまでのクオリティ。栗田さんの可愛さ。魅力をあげれば枚挙に暇がありませんが、本作の面白さの屋台骨は主人公・山岡士郎が圧倒的な美食知識と技術をもって、相手が誰であろうと物怖じせず、問題を解決してしまうその明快さにあると言えるでしょう。
 
山岡のあまりにも不遜な態度に激昂していたにも関わらず、彼が用意した「美味しいもの」を食べた瞬間に、怒りが氷解し全て丸く収まるなんてエピソードもしばしばありました。この記事では、美食によって山岡の無礼を許した寛大すぎる「お偉方」たちをご紹介します。 

京極万太郎さんも最初は山岡にぶちギレ……なぜかレギュラーへ

 山岡士郎の人脈は食品関係に止まらず政界、経済界の重鎮と実に幅広いです。なぜ一介の新聞記者にすぎないはずの山岡がこれほどまで顔が利くのかといえば、まさに相手を美食でもって唸らせてきた実績の積み重ねがあるからです。

 例えば『美味しんぼ』の良心的ポジションにして、肩書きもズバリ「京都の億万長者」の京極万太郎さん。彼もまた初対面(第1巻4話)においては、山岡の非礼にブギ切れたひとりでした。

 ある料亭に招待されるも料理が不出来だったため、京極さんは大激怒。そこへ山岡がわざと聞こえるように「これくらいのことでヘソを曲げるとはケツの穴の小さいじいさんだ」と、何やら慣用句の多い喧嘩を吹っかけます。怒髪天をついた京極さんでしたが「明日もう一度ごちそうさせてくれませんか?」と、かの有名な「山岡構文」にほだされ、結果として料亭「岡星」の素朴ながら完璧な料理に大感心することになりました。京極さんはすっかりゴキゲンになり、山岡の非礼を何もかも許し、なんだかんだで準レギュラーになります。

 ちなみにこの「山岡構文」、バリエーションこそありますが初出は第1巻の2話でした。食通と称されるお偉方が用意した、最高級フォアグラにケチをつけ「一番いいフォワ・グラを用意しなッ それよりはるかに美味いものを味わわせてやる!」と啖呵を切って「では一週間後に…」とその場を立ち去ります。まさにイメージ通りの山岡です。



山岡がイカソーメンですべてを解決に導く『美味しんぼ』23巻 (小学館)

(広告の後にも続きます)

社内でも社外でも関係なしの山岡

大事な野菜を好き勝手されたのに許した板山社長

「流通業界のキング」の異名をもち、のちに準レギュラー入りを果たす「ニューギンザデパート」の板山社長も、第1巻8話にて山岡に懐柔させられています。

「究極のメニュー」の参考になるだろうと「ニューギンザデパート」に取材に来た山岡たちでしたが、山岡は生鮮食品コーナーに陳列されているトマトを嗅いではポイ、大根を折って舐めてはポイ、挙句に「取材する価値はない」と言い放ちました。

 当然ながら板山社長は大大激怒します。しかし『美味しんぼ』においては、これはもう山岡の術中に落ちたのも同然。山岡は板山社長を遠い農園に連れ出し、「野菜の活け造り」を食べさせ、鮮度の重要性を説くのです。すると板山社長の態度は一転。気づけば山岡をアドバイザーとして重用し始めるのでした。このわかりやすい「故事成語」感がたまりません。

全員の前でメンツを潰された「シマアジ」の黒田社長

 第2巻の2話に登場した日本最大手電機メーカー「大日エレクトロン」の黒田社長は、大の料理好き。自宅に回転式の調理場と、巨大な生簀(いけす)を構えるほどです。

 彼は大勢のゲストの前でシマアジの刺身を振る舞うのですが、社員の子供がシマアジを「美味しくない」とバッサリ。空気は一気に張り詰めます。すると、山岡もこれを擁護し、「本当にうまいシマアジを持ってきましょう」と提案するのです。

 社員やお客の前でメンツを潰され鬼の形相をしていた黒田社長でしたが、後日山岡が持ってきたシマアジを食べ、自分のシマアジがいかに見栄えだけであったかを悟ると、態度は一変。山岡の非礼を許し、騒動の発端となった社員の子供にはディズニーランドの招待券を送ったのです。社員の前で怒りをあらわにしたのはよくないですが、この寛大さはなかなかできるものではありません。

山岡は総務部長にだってお構いなし!目の前で「お先真っ暗」発言

 社主の命令もさほどきかない山岡ですから、総務部長にも平気で毒を吐きます。比較的丸くなってきたはずの、23巻の6話でのことです。

 行商のおばあさんが持ってきたイカを社内販売しようと総務部に掛け合ってみると、板倉総務部長は「イカが嫌い」という理由でこれを拒否します。その了見の狭さに山岡は「こんな人間に総務部長がつとまってんだから東西新聞もお先真っ暗だい」と、とてもサラリーマンとは思えぬ暴言を吐きます。

 しかしながら後日、新鮮なイカソーメンを船上でご馳走すると、総務部長はあっさり陥落。山岡の暴言を許し、イカの社内販売も認めるのです。

 紹介した通り、『美味しんぼ』の「お偉方」は基本的に怒りすぎであり、また許しすぎのように思えます。しかし、これが無理なく成立するのは、彼らに自分の認識が誤っていたことに気づく力、そして潔く自分の非を認められる力、この二点からなる「寛大さ」があるからに他なりません。もちろん、山岡の「非を気づかせる力」も需要です。そうは言っても、非礼の件とは別に、勤務中にずっと寝ているような山岡は普通ならクビですが。