前田慶次が義父・利久の死をみとる場面が泣ける『花の慶次-雲のかなたに-』第3巻(集英社)

【画像】戦国一の「傾奇者」前田慶次がさまざまな優しさを見せる名エピソードを振り返る(4枚)

愛する人を見送るときも傾く!

「週刊少年ジャンプ」の名作『花の慶次-雲のかなたに-』は、「戦国一の傾奇者(かぶきもの)」として名高い実在の武将・前田慶次郎利益(作中設定のフルネーム)の数々の伝説を描いた隆慶一郎氏の小説『一夢庵風流記』を、麻生未央氏による脚本で原哲夫先生がマンガ化した作品です。漢(おとこ)のなかの漢、前田慶次の武勇や傾(かぶ)きぶりたくさん描かれたほか、彼と関わったさまざまな人物にまつわる、涙なしでは読めない感動エピソードがありました。

雪のなか死にゆく義父に茶を点てる慶次

 第1話から鬼のような強さと、何者も恐れぬ傾奇者としての豪胆さを見せていた慶次。それほどの男が、なぜ加賀一国に留まっているのかというと、いくさで生き延びるために自分の血まで飲ませようとしてくれた大恩ある義父・前田利久を残して出ていくことはできないという想いからでした。

 そんな利久は病に侵されており、ある雪の日にとうとう血を吐いて倒れてしまいます。そして、利久が危篤状態で前田利家の妻・まつや家臣たちがやきもきしているなか、慶次は遊女たちの演奏とともに雪が降る屋敷の庭で舞いながら現れるのです。

 舞う雪が桜吹雪のように見え、利久は慶次の母・お春と出会った春の日を思い出します。お春に惚れこんだ利久は滝川益氏の側室だった彼女を強引にもらい受けますが、お春は結婚初夜にお腹に滝川家の血を引く子がいることを告白し、斬り捨ててくれと言い出しました。しかし、利久はお春もお腹にいた慶次のことも幸せにすると誓ったのです。

 そして、利久は最後の力を振り絞って慶次が雪の庭に作った茶席で、茶を飲みます。「父上 あの世でもお元気で」と笑顔で言われた利久は「ふ…どこまでも傾きよるわ」と笑い、「慶次 よき茶であった」と言い残して旅立ちました。そして、父の死によって慶次は前田家に残る理由はなくなり、戦国の世へ飛び出すこととなります。

処刑される少年の殿様を漢と認める慶次

 京ですでに傾奇者として名を馳せ始めていた慶次は、傾奇者たちに人気の呉服屋「奇染屋」で、傾いた反物が欲しいと巨漢の店主・岩熊に食い下がる武士・氏家に出会います。岩熊に意地悪な態度を取られて切腹までしようとした氏家のために、慶次は岩熊を懲らしめ、事情を聞きました。

 氏家は秀吉に処刑を申しつけられた殿の最後の望みをかなえるために、反物が欲しかったのです。その後、現れた殿様、水沢隆広はまだ年端もいかない子どもでしたが、家臣想いの名君であることがわかり、慶次は翌日処刑される彼を宴席に誘います。

 傾奇者としての前田慶次にあこがれていた隆広は、幼いながらも酒を飲み干し、同席していたまつに抱きかかえられて、亡き母のことを思い出すなど最後の思い出をたくさん作りました。そこに岩熊がやってきて、商人としての面子をとおすために「奇染屋」一番のマントを言い値で買ってくれと迫ります。慶次はそのマントを即座に切り取り、隆広はそれを切腹の際の敷物にすると宣言しました。

 翌日、死地へ旅立つ隆広。慶次は正体を隠して雲井ひょっとこ斎と名乗っていましたが、隆広は彼が慶次だと気づいていました。家来の捨丸も、まつも、岩熊も隆広の事情を聞いてみんな泣いていましたが、慶次だけは「奴はもう漢」と彼を認め、笑顔で黙って見送るのです。



伊達家のお家騒動を慶次が助ける『花の慶次-雲のかなたに-』第13巻(集英社)

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上杉の囚人たちを救い、絆を結ぶ

囚人たちとともに戦い佐渡平定を手助けする慶次

 佐渡島を支配する本間一族の醜い争いを止めるために出兵した上杉景勝と、その右腕で莫逆の友・直江兼続を助けるため、慶次たちは佐渡へやってきます。本間一族は二派に分かれたふりをして、片方が上杉方につき、会津の蘆名の援軍が来るまで時間稼ぎをしていました。

 そんな茶番のいくさで大事な藩士たちを失いたくないと考える景勝たちのために、慶次は上杉の囚人たちを兵として敵の河原田城を攻めることを提言。その囚人たちは荒くれですが、それぞれ上杉家への思いと気概を持った男でした。

 彼らを武士として認め、檄(げき)を飛ばしながら先陣を切ってともに戦った慶次は、あっという間に河原田城を攻め落とします。そして、戦いのなかで馬印を持って立ったまま死んだ蛮頭大虎や、家来の百姓やその孫たちを守って凶弾に倒れた坂田雪之丞らの遺体を、上杉の本陣に連れて帰ります。そんな彼らを見て上杉の武将たちは、馬の鐙(あぶみ)を外し最高の敬意を示すのでした。

 囚人たちを何度も奮い立たせる慶次の名言と雄姿、上杉家と佐渡の百姓たちの絆、死んでいった者たちへの思いと本間一族への怒りで兼続が流す血の涙など、「佐渡攻め」編は特に泣ける場面が多いです。

伊達政宗の弟・小次郎を解き放つ慶次

 秀吉による小田原攻めの最中、慶次は真田幸村たちとともに、豊臣側につくか北条側につくかで揺れ動いている奥州の伊達政宗の説得に向かいます。しかし、伊達家では、政宗の弟・小次郎を溺愛する母・保春院を中心に、政宗を暗殺して伊達家を乗っ取ろうとする陰謀が動いていました。

 幼いころから命を狙われ続け、人を信じられなくなっていた政宗は慶次と出会い、最初こそ殴り合いの争いになりますが、慶次の熱い拳に父の愛を思い出し、その後友として酒を酌み交わします。

 そして、殺される覚悟で秀吉のもとに向かう決意をした政宗ですが、小次郎を伊達家当主にしたい実母・保春院は手料理を振舞うふりをして彼を毒殺しようとするのです。しかし、政宗はその嗅覚で毒を見抜くと、怒りと悲しみに震えながら母のせいで弟を殺さなければならなくなったことを告げます。その後、政宗と慶次に追い詰められた小次郎は号泣して取り乱しますが、政宗は弟に対する恨みはなく、哀れな彼を抱きしめるのでした。

 全てが終わり、切腹しようとする小次郎は、慶次から海を見たことがあるかと聞かれ、今までどこにも行けなかったことを告白。すると、介錯役の慶次は小次郎の首ではなく髷を切り落とし、「伊達小次郎はたった今死んだ」というのです。政宗もそれを認め、小次郎は余生を自由に生きることにしました。

 その後、小次郎は僧として現れ兄の厄払いをすると、「とりあえず海へ」と旅立っていきます。戦国の世に翻弄されてきた悲しき兄弟をふたりとも救った、慶次の優しさがあふれたエピソードです。

『花の慶次』にはほかにも感動の名場面がたくさんあります。各話で真の漢の強さや優しさが学べる名作といえるでしょう。