著:吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻 (集英社)

マンガで泣くなんて…とは言わせない

『鬼滅の刃』は各所に伏線が張られており、読み返すたびに新たな発見や感動があります。そして、何度読み返しても毎回、同じように泣いてしまうシーンがある一方で、物語の先を知っているからこそ、読み返して泣けるシーンもあるのです。「『鬼滅の刃』は深い!」と言われるゆえんでしょう。

 この記事では物語の前半部分から、何度読んでも泣ける、原作マンガの1コマを各巻よりひとつずつご紹介します。

第1巻:鱗滝さんとの約束

 家族を鬼に殺され、妹の禰豆子を鬼にされた炭治郎は、水柱・冨岡義勇に紹介された元水柱・鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)のもとで修業を積みます。トラップだらけの山下りの訓練などを経て、最終選別に行くために課されたのは、巨大な岩を斬るという無理難題でした。

 半年が経っても岩を斬れない炭治郎の前に現れたのは、錆兎(さびと)と真菰(まこも)。不思議なふたりの訓練のおかげで、炭治郎は、ついに岩を斬ったのです。

 しかし、師匠である鱗滝は、炭治郎を最終選別に行かせたくはありませんでした。もう、最終選別で子供が死ぬのを見たくなくて、無理難題を課したのです。

 第1巻の泣ける1コマは、炭治郎が斬った巨大な岩の前で「“最終選別” 必ず生きて戻れ 儂も妹も此処で待っている」と、鱗滝さんが炭治郎を抱きしめるシーンです。炭治郎のボロボロになった羽織、鱗滝さんの袖をキュッと握る腕など、細かい描写も涙腺を刺激してきます。

第2巻:手を握る炭治郎

 最終試練の場「藤襲山」で炭治郎は、鱗滝に捕らえられたことを恨み、彼の弟子を狙って殺し、喰らってきた手鬼と遭遇します。苦戦するもなんとか倒したところ、手鬼は崩れながら、人間だった時代の兄のことを思い出します。

 そんな手鬼から、「悲しい匂い」を感じた炭治郎が、手鬼の手を両手で握るシーンが、第2巻の泣ける1コマです。鬼に対してすら優しい炭治郎に泣けます。

第3巻:最期に認められた

 指令を受けて向かった鼓屋敷で遭遇した響凱(きょうがい)はプライドの高い鬼でした。鬼になってからも小説を書き続けていた彼は、作品を酷評し、原稿を踏みつけた知人を惨殺したこともあります。響凱は、かつては鬼の始祖、鬼舞辻無惨直属の「十二鬼月」にも入っていました。しかし、次第に人間を喰らえなくなったせいで地位をはく奪され、プライドはズタズタ。十二鬼月への返り咲きを狙って鬼にとって栄養価の高い「稀血(まれち)」を持つ少年を喰らおうとしますが、他の鬼たちに邪魔され、さらに彼の血鬼術を少年に逆利用されて逃げられてしまい……と、やることなすことうまくいきません。

 そんな響凱との戦いで、空間を変化させ、そのうえ斬撃も繰り出す複雑な血鬼術に苦しんだ炭治郎。原稿を避けた時の体の動きにヒントを得て、ついに響凱を倒します。頸を斬る前に炭治郎は叫びました。「君の血鬼術は凄かった!!」と。その言葉と自分の書いた原稿を踏みつけにはしなかったことで、「……認められた……」と、響凱は崩れながら涙をします。その目には、×で消された「陸」の文字……。鬼になってなお、傷つくことの多かった哀れな響凱が認められ、心が救われたシーンは、第3巻の泣ける1コマです。

第4巻:善逸の悲しみ

 第4巻からは那田蜘蛛山の戦いが始まります。炭治郎、伊之助、善逸は、疑似家族をなす、蜘蛛の能力を使う鬼たちとの戦いで苦戦を強いられ、命の危機にも直面するのです。

 怖がりでネガティブ、落ち着きがなくて女好きな善逸ですが、なぜか憎めない、人気キャラでもあります。そんな彼は、「雷の呼吸」の六つの型のうち、「壱ノ型 霹靂一閃」しか使えません。それでも、そのひとつの技を極めろという師匠・桑島慈悟郎(くわじま・じごろう)の言葉を守って、「壱ノ型 霹靂一閃」で鬼の疑似家族の兄役の鬼を倒した善逸の夢が語られた1コマが、第4巻の泣ける1コマです。

 善逸の夢とは、「幸せな夢なんだ 俺は強くて 誰よりも強くて 弱い人や困っている人を助けてあげられる いつでも」というもの。「幸せな夢」というところが、切なすぎます。

第5巻:累の「ごめんなさい」

 鬼の疑似家族を作っていた下弦の伍・累は、水柱・冨岡義勇によって倒され、今わの際に人間だった頃を思い出します。

 生まれつき体が弱く、歩くのでさえやっとだった彼に「強い体」を与えてくれたのは、無惨でした。人間を殺し、喰らうようになった彼の罪を共に背負って死のうと心中を図った両親を彼は殺してしまったのです。父と母が恋しくて作った疑似家族でしたが、満たされることはなく、虚しいばかり……。死を目前に、打ちひしがれる累に寄り添ったのは、父と母でした。累は鬼の姿から、本来の姿に戻ると、「全部僕が悪かったよう ごめんなさい」と、父と母に抱きつきます。ほかに第5巻には、亡き母の願いが届き、禰豆子が「血鬼術・爆血」で炭治郎を助けるシーンや累との戦いで「ヒノカミ神楽 円舞」を放つシーンもあり、アニメでは挿入歌の「竈門炭治郎のうた」も涙腺崩壊と話題になりました。

第6巻:9人の柱

 第6巻での泣ける1コマは、読み返して泣ける1コマです。

 那田蜘蛛山の戦いの後、炭治郎と禰豆子の処遇を巡って開かれた柱合裁判に顔をそろえたのは9人の柱たちでした。裁判では、風柱・不死川実弥が禰豆子を箱ごと刺し、炭治郎が実弥に頭突きをくらわすといった騒動が起きますが、お館様・産屋敷耀哉の登場で場の空気は一変。

 9人の柱が「ザッ」と、一列に整列するその光景は、ここでしか見られません。この次に開かれる柱合会議では、柱は7人になっているので、この1コマは非常に尊い、後から読み返して泣ける1コマなのです。



心に焼き付けたい雄姿 著:吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第8 巻 (集英社)

煉獄さんの思いと笑顔を忘れない

第7巻:置いていかないで!!

 7巻では無限列車編が始まり、炎柱・煉獄杏寿郎の活躍も見られます。

 下弦の壱・魘夢(えんむ)の血鬼術によって眠りに落ち、炭治郎は家族の夢を見ますが、それが夢であることを感じ取り、現実世界に帰ろうとします。しかし、懐かしく居心地も良い家族の元を去るときには、「ここに居たいなあ ずっと 振り返って 戻りたいなあ」という葛藤も……。

 読者は、ここまででかなり絵がにじむほど目に涙がたまるはずです。そして、家族とともにいたい思いを払い、駆け出した炭治郎の背中に向かって一番下の弟・六太(ろくた)が叫びます。「お兄ちゃん 置いて行かないで!!」と。これが涙腺崩壊の決定打となります。

第8巻:最期の笑顔

 魘夢を倒した炭治郎らの前に、上弦の参・猗窩座(あかざ)が現れ、杏寿郎との激闘が繰り広げられます。そして……。

 ここでの泣ける1コマは、いわずもがな、杏寿郎の最期の笑顔です。「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です」という母との約束を守り、使命をまっとうして、杏寿郎は笑顔で旅立ちました。けっして忘れられない、心に刻まれる、泣ける1コマです。

※この先、まだアニメ化されていないシーンについての記載があります。原作マンガを未読の方はご注意ください。

第9巻:心を燃やせ!!!

 無限列車の戦いの傷がやっと癒えた頃、潜入捜査中に音信不通になった音柱・宇髄天元の妻たちの捜索のため、天元の指示のもと、炭治郎、伊之助、善逸は遊郭に向かいます。

 上弦の陸・堕姫と対峙した炭治郎は、鬼との戦いにヒノカミ神楽を使うことを決意。以前は使いこなせなかったヒノカミ神楽ですが、今の自分は違うと自分に言い聞かせるのです。「そのために修行してきた 負けるな 燃やせ」「燃やせ 燃やせ」と自身を鼓舞する炭治郎の心にあったのは、煉獄杏寿郎、その人でした。

「心を燃やせ!!!」の言葉とともに描かれた杏寿郎の真っすぐこちらを見つめる姿。勇ましい言葉とともに描かれていても、けっしてたきつけるような登場の仕方ではありません。むしろ杏寿郎の生き様を思い、身が引き締まるようです。ページをめくって飛び込んでくるこのコマは、不意打ち過ぎて目が釘付けになって、胸が詰まる……そんな泣ける1コマです。

第10巻:母の膝枕

 炭治郎を守るために堕姫と戦ったせいで鬼化が進んでしまった禰豆子。どうにかして、元に戻すため、炭治郎は幼い頃に母が歌っていた子守り歌を歌い聞かせます。

 鬼化の進んだ禰豆子は強く、堕姫に大きなダメージを与えましたが、理性がなくなり、人を襲おうとします。それを止めようと背中から羽交い絞めにする炭治郎を背負ったまま、牙を剥き、遊女屋を壊すほど暴れる禰豆子……。炭治郎は天元の言葉にヒントを得て、幼い頃、母が歌っていた子守り歌を禰豆子に歌い聞かせるのでした。

 第10巻の泣ける1コマは、炭治郎の歌う子守り歌に母を思い出した禰豆子が膝に頭を乗せて目を見開いている1コマです。

 それまでの痛々しいほどたけり狂い、炭治郎の声すら耳に入らなかった禰豆子が、母の膝でフッと力の抜けた表情になっています。亡くなってなお、母は我が子たちを救うのだなあというありがたさとともに、禰豆子はそんな母を失ったのだと、悲しさが押し寄せてきます。魘夢に見せられた夢の中で、炭治郎が思っていた「本当なら」という言葉が再び思い出されます。本当なら、母のぬくもりがあったはず、本当なら母や兄弟たちとの生活が続いていたはず……と。

第11巻:ずっと一緒

 炭治郎たちは死闘の末、なんとか妓夫太郎と堕姫の頸を斬り落とし、上弦の陸を倒すことができました。

 そこから始まる妓夫太郎と堕姫(=梅)の兄妹の人間だった頃の話は凄惨で救いがありません……。実の母にすら疎まれ、周りの大人には利用されるだけの人生。頼り、信じられるのはお互いだけでした。

 炭治郎らに倒された後、地獄の手前の暗闇でしょうか、自分が「奪われる前に奪え 取り立てろ」と教えたせいで妹の人生が狂ってしまったのではないかと後悔する妓夫太郎は、自分に甘えてくる妹の梅を、もう自分にはついてこないよう、「明るい方へ行け」と追い払います。

 しかし、その言葉を聞いた梅は、妓夫太郎の背中にしがみつき、美しい顔を涙でびしょびしょに濡らしながら訴えるのでした。「離れない! 絶対はなれないから ずっと一緒にいるんだから!! 何回生まれ変わってもアタシはお兄ちゃんの妹になる絶対に!!」と。

 兄の妓夫太郎は、自分がいなければ妹も少しは幸せになったかもしれないと後悔しました。ですが、妹の梅にとっては、兄がそばにいることこそが人生で味わった幸せのすべてだったのだろうと思い、涙が出る1コマです。『鬼滅の刃』に登場する鬼の物語としては、もっとも悲しく、涙があふれます。

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 独断と偏見で選んだ泣ける物語前半の1コマですが、あなたの涙腺崩壊1コマは、どれですか?

※禰豆子の「禰」は「ネ」+「爾」が正しい表記
※煉獄の「煉」は「火+東」が正しい表記