著:尾田栄一郎『ONE PIECE』第1巻(集英社)

【画像】鼻毛…? 主人公の能力がトンデモなバトルマンガ作品

主人公だからといって分かりやすい能力がベストとは限らない…奥が深い主人公論

 人間ばなれした能力をもった者のバトルはいつの時代も大人気です。そのルーツを辿れば古代神話や民話や怪談にまで遡ることができるでしょうが、少なからず今最も勢いのある能力系バトルマンガは『ONE PIECE』(著:尾田栄一郎)でしょう。単行本はついに100巻を突破し世界で5億部近い売り上げを記録しています

 さてそんな『ONE PIECE』の主人公・ルフィといえば「ゴムゴムの実」の能力者。体を自在に伸縮し相手を吹き飛ばす打撃に特化した能力の持ち主です。「打撃」に主軸をおくという点では王道かもしれませんが、主人公がゴム人間という設定は当時からして斬新でした。このことに関して作者の尾田先生は“一番ふざけた能力を選んだ”としており、遊びの部分を残した敢えての選択であったことが伺えます。ということで本稿では異端のように思える能力を授かった主人公たちを紹介。そこから物語の核心に近づきたいと思います。

能力系バトルが群雄割拠する「ジャンプ」でも特殊? 『ヒロアカ』主人公

 まず「週刊少年ジャンプ」におけるここ最近の能力バトルの主人公たちを見ていきましょう。『鬼滅の刃』(著:吾峠呼世晴)の竈門炭治郎なら「水の呼吸」「ヒノカミ神楽」による剣技、『呪術廻戦』(著:芥見下々)の虎杖悠仁は能力(術式)が明かされていない状態、また『HUNTER×HUNTER』(著:冨樫義博)の主人公ゴンの念能力は攻守のバランスが取れた主人公然とした能力です。こうしたなかで『僕のヒーローアカデミア』(著:堀越耕平)の主人公・緑谷出久の能力は少し異質。生得的なものでなく「歴代の能力の持ち主がストックしてきた力」を引き継いで戦います。厳密にはこれをさら「譲渡」するところまでが能力ですが……これがまた数々のドラマを生み出すのです。

第3部までは王道だったけど…『ジョジョ』主人公の能力はどんどん進化していく!

 さて「ジャンプ」の能力系バトルの代名詞『ジョジョの奇妙な冒険』(著:荒木飛呂彦)をみてみましょう。ここの能力がぶつかり合うスタンドバトルが登場するのは第3部から。その3部の主人公・空条承太郎のスタンド能力スタープラチナは極めて王道でした。圧倒的な破壊力とスピードの持ち主で(中盤まで)肉弾戦に特化していました。

 続く第4部の主人公・東方仗助のクレイジー・ダイヤモンドはスタープラチナと同じく打撃と速度に長けている一方、主人公キャラでは珍しい「回復」担当でもあります。そして第5部の主人公ジョルノ・ジョバァーナのゴールド・エクスペリエンスの能力は「生命を生み出す」という変化球です。アニメ化が決定している第6部の空条徐倫の能力ストーン・フリーは「自分の体を糸のように解すことができる」という魔球に。さらに第7部のジョニィ・ジョースターのスタンド能力「タスク」においては爪を高速回転させて弾丸のように飛ばすという異次元クラスへとレベルアップ。そして、第8部の主人公・東方定助のスタンド能力ソフト&ウェットはいよいよ一言で説明するのが難しい領域に。「しゃぼん玉が相手の何かを奪う」能力であることは確かですが……この能力を物語の中心に据えた荒木先生の慧眼にはまったくヒヤリとします。

能力バトル系屈指の不思議ワールド『うえきの法則』の主人公

『うえきの法則』(著:福地翼)は能力系バトルマンガの歴史を語るうえで非常に重要な作品です。本作の主人公たちには「〇〇を△△に変える」という能力が与えられるのですが……これがどうにも一筋縄にいかないものばかり。例えばヒロインの能力は「相手をメガネ好きに変える能力」ですし「手ぬぐいを鉄に変える能力」「ダジャレを現実に変える能力」なんかも登場します。主人公・植木耕助の能力はというと……「ゴミを木に変える能力」です。この際、「ゴミ」は本人の認識次第というところがポイントです。それより重要なのはこれが主人公の能力だということ。もっと戦闘に有利な能力はいくらでも登場するのです。しかしながら、読了後、この能力以外考えられなくなっているのが本作の完成度の恐ろしいところといえるでしょう。

 当然のことではありますが主人公の能力は物語の主題をはらんでいます。ルフィのゴムゴムの実の能力はそのまま『ONE PIECE』のストーリーの自由闊達ぶりを象徴するものですし、『HUNTER×HUNTER』のゴンの能力はアクション、ストーリー、知的戦略とバランスのとれた同作の作風と相似をなすものです。それだけに一見、不思議な能力に思えても、そこからどう変化していくのか、どう使いこなしていくのかに注目すると、そのマンガの主題が視えくるはずです。たとえそれが「鼻毛で戦う」というものだったとしても。