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橋田壽賀子さん死去、『渡鬼』泉ピン子が別れの時を回顧「最後に目を…」

ニュースサイトしらべぇ

脚本家の橋田壽賀子さんが4日、急逝リンパ腫により95歳で亡くなった。

『渡る世間は鬼ばかり』に出演していた女優の泉ピン子、さらには同作を橋田さんとともに手掛けたTBS石井ふく子プロデューサーが追悼の言葉をマスコミ各社に明かした。


画像をもっと見る■女優・泉ピン子

昨日意識がなくなったとき、「ママ」って呼ぶ私の声が聞こえたのか、最後に目を見開いたんです。それが最後でした。クルーズ旅行に行くとき、お正月に着ていたお気に入りのドレスと、橋田文化財団を設立したときに作った松竹梅の思い出のドレスを着せて、私がお化粧をしてあげて、旅立ちました。


橋田さんは「悲しまなくていい。千の風になっているんだから。あなたの周りにいるから」といつも言っていました。「でも、私が先に逝くとは限らないけど」と茶目っ気たっぷりで付け加えたりして。ですから最後は「千の風になって」をかけて送りました。


今の私があるのは橋田先生のおかげです。舞台もドラマもやらせてもらいました。ずいぶん喧嘩もしたし、泣いたこともあったけれど、橋田さんとご主人には本当の娘のようにかわいがっていただきました。私も熱海で暮らすようになって、最後はずっとそばにいられたから熱海に越してきた意味があったと思います。


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■石井ふく子プロデューサー

橋田さんとは60年のお付き合いです。年中喧嘩したり、相談したり、家族のように付き合ってきました。一日電話しないと「どうしたの?」と心配されることもありました。思い出がありすぎて何も言えません。こんなに急だなんて悔しくて、なんと言っていいかわかりません。「あなた一人でどこに行ったのよ」という思いでいっぱいです。


橋田さんは現在のコロナ禍の状況を見て、そこで感じた家族の形を書きたいとおっしゃっていました。同時に「私はいつも一人だと思っていたけれど、あなたたちがそばにいてくれたのね」とおっしゃって。私は「今更、なにを言ってるのよ」と返しましたけれど。お互いに元気でいようねって話していたところでした。

今、私の隣りに笑って私を見ている遺影があります。まだ、橋田さんがこの世からいなくなったなんて考えられません。


■通夜、告別式は行わず
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